第三都市〜福本晋一 私の幻視世界

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zoom RSS 概略『私の三島由紀夫論』 〜輪廻転生の終わる日に

<<   作成日時 : 2017/11/13 13:04  

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先日アップした『私の三島由紀夫論』ですがちょっと固い文章なので、ちょっとなめらかな言葉で概略を紹介させていただきたいと思います。

早い話が、三島由紀夫さんはなんで切腹なんて『痛い、痛い』死に方をしたかということです。しかもあんな派手に。

あの人の「死にたい」って感じは、三島作品を5,6作も読んだ人なら誰でも感じることができると思うのですが、『仮面の告白』とか、生前の映画出演からして、幼いころから「流血」に囚われていたのも紛れもない事実かと思います。なんというか血を浴びて「血だ、血だ〜」って陶酔するような感じ。私は痛がりなので、そういう趣味はないですが、結構漫画でもこういう作品って出回っていて、どういう人がこういうのを好むかといえば、偏見だといわれること承知で言いますが、冷たい感じの人に多いんじゃないかという気がする。生きている感じがしないというか、生き生きしてないというか、何考えているのか分からないというか。そういうタイプ。血はやはり生命のシンボルですから、何か生命感が足らない人というイメージ。

つまり流血に陶酔する人というのは、自分の存在感をあまり感じることができないタイプで、三島由紀夫さんもそうだったと思うのです。事実、三島さんは「割腹宣言書」ともいえる難解な晩年のエッセイ『太陽と鉄』において、「自分を真っ二つにすることによって、自己の存在を、この目でしかと見たい」という意味のことを言っております。ならばやはり、彼にとって、存在感の奪取が人生の最優先事項だったのだという気がするのです。

しかし、自分を真っ二つに切ったら自分の存在が見えるという理屈は、よく分かりません。「僕も赤い血が流れている人間だ!」ってのを見たいなら、ちょっと指先のめくれそうな小さな皮片でもむけば済む。

ならば「自分を真っ二つに切ったら自分の存在が見える」というのは、「それが死ぬということは、それが生きていた(存在していた)ことの証となる」という理屈なのが本当のところではないか。そして、さらにこの理屈はつきつめていくと、「ならば、それが(無から)生まれたときも、それは生きている(存在している)ということの証になる」ということになります。かくて彼の実質的文壇デビュー作にして代表作『仮面の告白』のあの謎めいた冒頭、

「永いあいだ、私は自分が生まれたときの光景を見たことがあると言い張っていた」

という書き出しが生まれもしたというわけじゃないでしょうか。

しかもこの『仮面の告白』の結末はといえば、書き手の「私」が、目の前にいる元恋人の女性の存在も忘れて、近くに居た逞しい若者が刺されて血まみれになって死ぬという、これまた彼自身の最期とほぼ同じ図である妄想に憑かれてしまうというものですから、彼の最後の思想と行動は、デビュー作『仮面の告白』ですでに書かれていたという他はありません。

またここから、この小説の最後の一行、件の逞しい若者のいた一団を、「私」が今一度振り返ったとき、誰もいなくなったその「卓の上にこぼれている何かの飲物が、ぎらぎらと凄まじい反射をあげた。」という謎めいたこの反射の描写が、冒頭の、彼が生まれたときに見たという産湯のタライの縁の反射光に照応していることも導きだされます。つまりそれは、存在感そのものであるところの生命の輝きだったのではないでしょうか?

存在感が欠如していては、現実の人生は生きがたいでしょう。それゆえ彼はもうひとつの別の人生、つまり言葉でできた生である小説を書くこと、それを職業として生きていく決意をします。しかし、小説はしょせん小説。本物の人生ではありません。ずっとこのまま小説を書き続けたくとも、現実には死ぬ運命が待っている。対して、小説はその中で自分が死んでも、次の作品でまた生きることができます。つまり小説の中に生きることは不死なのです。小説の中で絶対に実際に死ぬことはない。

この現実と小説の相克は、三島さんのように、小説の中に生きている人にとっては恐怖です。小説の中に不死に生きているのに、生身の自分は現実に死なねばならないのですから。書けば書くほど恐怖は強くなっていくはずです。だからむしろ書くことから離れなくてはならない。

ならば、彼は現実の死の準備をしなくてはならないことになるでしょう。それはイコール、小説を書くことをやめる準備をすることでもあります。しかし、すでに、「普通に生きること」ができないことは『仮面の告白』を書いた時点で分かっている。自分が現実の中で欠如している存在感をかろうじて得られるのは、あの流血の死でしかないこと、それを自覚したのが『仮面の告白』という作品だったのですから。

ならば、彼は「流血の死」という生き方を生きる、その日に向っての準備を始めるしかなくなります。かくて切腹に憑かれることとなり、自衛隊に体験入隊し、私兵組織「楯の会」をつくり、自衛隊のありかたに言及するようになり、切腹命令者としての殿様ならぬ天皇をかつぎ上げ始めます。

同時に小説を書くことをやめる準備も始めます。それが全四巻、20歳での夭折を輪廻転生して繰り返す主人公を描いた『豊饒の海』の執筆です。なぜこの作品が小説を書くことをやめる準備になっているかというと、先ほど言ったように、彼にとっては小説を書き続けること自体が不死、つまり何作も書くこと自体が輪廻転生だからです。すなわち、『豊饒の海』における輪廻転生とは小説を何作も書き続けることの暗喩である。だからこの小説の作中で輪廻転生を否定することは、小説を書くことの終わりとなり、同時に彼が現実に出て行く日、かつ流血の中に死ぬ日とならざるを得ないのです。だから、輪廻転生が否定されて終わる『豊饒の海』の脱稿日は、あの事件の日、昭和45年11月25日になっているわけです。

しかし彼が最後、自分を真っ二つにして、生命の輝きを本当に見れたかは定かではあリません。なぜなら、「自分を真っ二つにすることによって、自己の存在を、この目でしかと見れる」という彼が並べた理屈は生きている人間には不可知であり、彼の必死の思いこみに過ぎないと思われるからです。生まれたときの光景を見たというのも同様、おそらくは必死の思い込みです。

存在感の獲得のために彼はそこまで、必死に思い込む必要があった。存在感をもてない彼は何事も「見て」確認するしかできず、先験的に思い込むということができなかった。思い込むというのは楽に生きるのに必要な能力なのに、彼はその能力を持っていなかった。だから「死にたかった」。が、自殺は敗北だから絶対にイヤだった。彼が太宰を嫌っている一番の理由はこれでしょう。三島由紀夫は、その「死にたかった」気持ち自体も、存在感の獲得へのダイブに置き換えたのです。それは同時に、「自殺」という弱者的と見られかねない行為を勇気ある「自決」に転換することでもありました。

政治的舞台における劇的切腹死はまさに、彼にとって、それらをまとめてかなえてくれる手段、存在感の欠如という敗北を勝利に転換する起死回生の方法だったのです。その勝利のためには、切腹の「痛さ」など取るに足らなかった、いや、切腹というものが元来そうですが、「痛い」からこそ、勇気の証、真実の証であり、勝利たりえる行為となる、彼はそう信じた、信じるほかなかったのです。 

このような勝利への意志は、同時に彼の気高さを表すものであり、また彼の生涯の固定観念であった美への執着の根源であり、さらには、彼の文学の魅力の源泉でもあったのではないでしょうか。

――以上です。もっとも言いたいことは、赤い字にしてますが、その中でも「『豊饒の海』における輪廻転生とは小説を何作も書き続けることの暗喩である」というのは、今後この意見を無視しての『豊饒の海』論はありえない(ドヤッ)というほどの新見解だと我田引水、自画自賛、自己満足しております。
さらに詳細に興味をもたれた方は、本文のほうをご覧いただければ幸いです。

「私の三島由紀夫論@『仮面の告白』〜生の証人としての死http://25300270.at.webry.info/201711/article_6.html

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