「かごめ」と「通りゃんせ」その真の意味

「かごめ」と「通りゃんせ」といえば、日本の二大「よく分からないけどなんだか怖そうな歌を歌いながらあそぶ遊び」で、その歌詞の解釈もいろいろな説があるようだが、歌詞の内容は二義的なことだと思う。歌詞より、遊びそのもののほうが、より本質的で、かつ神秘的だと思うのだ。歌以前に、遊び自体が危機の、怖い状況を形作っているからだ。 「かごめ」では、真ん中で目を両手で覆ってかがまされている子は、その他全員…

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鴨居玲論~ダンディーの孤独

私は、鴨居玲について語るとなると、つい「鴨居のおっさん」と言ってしまう。もちろん地元神戸の画家というのもあるが、鴨居玲が一時期住んでいた家は、私の育った家から300mほどしか離れてないところであったし、また墓所は、今、私が住んでいるところから1kmも離れていないところにある。それで特にその絵が嫌いでもないのなら、親しみを感じるなというのが無理というものであろう。 しかし鴨居のおっさんなどと…

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画集作ってみました!『福本晋一 遠い街』

画集作ってみました。 苦労したのは、作品選び。いちおう、作品集としてまとまりが必要かなということで『遠い街』というテーマというか、コピーつくってそれを基に掲載する作品を選んでみたのですが、このテーマから外れている作品でも「いいんじゃないか」と思えるものもあったりして、結構悩みました。結局最後は「えいや!」で選んじゃいましたけど。あと、私の場合、横長の絵が多いので本のサイズも悩みまし…

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レンブラント『ユダヤの花嫁』を模写しました。

レンブラントの最高傑作という声もある『ユダヤの花嫁』と『読書するティトゥス』を模写しました。 欧米で古典絵画の美術館を巡っていて、同じような絵ばかりにあくびが出始めたとき、突然ハッとさせられる絵に出会う、と、それはたいていレンブラントの絵であると、これは私の経験ですが、同じことを書いている人がどこかにおられました。レンブラントの絵の存在感はすごい。 レンブラントは原画と複製の違いが大…

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日本の学校の部活は残業の予行演習である

日本とドイツの学校教育の違いについて書いた本を読むと、ドイツの学校には「部活」がないそうである。いや、ないこともないのだが、特別授業の範囲で、入る人は極めて少ないらしい。だからドイツではサッカーをしたい生徒は、地域のサッカークラブに入り、演劇をしたい人は地域の演劇活動に参加する。このへんはドイツに限らず海外全般そうであることはすでに多くの人が知ってることだろう。私も知っていた。 しかしその…

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フォークナーとラヴクラフト~アメリカの暗部を描いたふたりの小説家

『フォークナーとラヴクラフト』などというタイトルで一文をしたためるとなると、「頭がおかしいんじゃないか」という声が、特にフォークナー・ファンのほうから聞こえてきそうである。いや、言われるならいいほうで、フォークナーの読者はラヴクラフトなんてなじみがないだろうし、ラヴクラフトの読者のほうはもっとフォークナーなんて知らないだろう。同じ20世紀前半のアメリカの小説家同士とはいえ、かたや20世紀文学を代…

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『第九:歓喜の歌(よろこびの歌)』を日本語で歌ってみよう!

歌える和訳歌詞シリーズ第三弾! シラーの「歓喜に寄す」によるベートーヴェンの第九、すなわち歓喜の歌です。一応、学生時代の第2外国語はドイツ語でしたが、それが役に立ってるかどうか。 この歌の訳には難儀なことがあります。それは部分的にリフレインされるフレーズが多いこと。つまり原語の歌ではある1行のフレーズをリフレインしたりするのですが、そうなると、日本語の都合上、次の行とあわせて2行で意味が通…

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個性の出し方、スタイルの作り方

最近つくづく思うのは、当たり前のことかもしれませんが、「今の自分以上の作品は描けない」ということです。エンターテインメントの作品なら別かもしれませんが。 「今の自分」というのは、今の自分の「状況、環境、感情、こだわり、才能、体力などなど」すべてを含んだものです。 私は、絵を実際に描くまでは、もっとドロドロした人間の根源的情念みたいなすさまじいものを描きたいというか、描くべきだというか…

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日本にはなぜ哲学者がいないか

日本には哲学学者はいるが、哲学者そのものはいないといわれる。しかし私は日本にも、哲学的思考の持ち主はいると思っている。ただ、それを受け入れるベースが日本にはないのだ。 哲学とはものごとの根源を考え抜くものだ。根源を考え抜くのだからこれをやるには相当の時間とエネルギーが必要で、本格的にやるなら、やはり職業としてというか、それ専門にしなければできないことなのだろう。そして根源の説明というのは人…

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『ホテル・カリフォルニア』を日本語で歌ってみよう!(Hotel California 歌詞和訳)

今日は音楽の話でもクラシック以外、イーグルスの名曲『ホテル・カリフォルニア』の歌詞を日本語訳してみました。しかもちゃんと歌えるように! この曲の歌える和訳を完成させることは悲願でした。以前、ポオの『鴉』の訳もここで披露させていただきましたが、私は翻訳作業が結構好きです。実は学校時代、語学は全然勉強しなかったし(他もしませんでしたが)、成績も悪かったんですが。しかしよく考えたら、『鴉』と『ホ…

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UFOとは何だったか?――冷戦下における核戦争への恐怖と宇宙人

『UFOとは何だったか?』と過去形なのは、もうUFOの時代は終わったと思うからだ。そういうわけだから、「何だったか」と言っても、それが宇宙人の乗り物だったのか、自然現象だったのかとそういうレベルの話をしたいのではない。「UFOブーム」とは人間にとって何だったのかという本質的な話を考えたいのである。 実は私自身、子供時代、大のUFOファンだった。しかし、今はもう信じていない。周囲を見回しても…

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古事記偽書説と本居宣長の純粋日本幻想

この前、『令和』という文字の並びがあるということで古事記についてふれましたが、古事記について私は以前から、ひとつの関心を持っている。それは古事記が平安時代に捏造された偽書だという説があることだ。骨董に偽物が多いことはテレビの真贋鑑定番組からも多くの人がすでにご存じだと思うが、偽の本、つまり偽書もこれまた古くからかなり多いのである。 古事記が偽書だと言われるのは、そう疑われるところが多々ある…

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『令和』という言葉が万葉集ではなく古事記にある 令和平其麻都漏波奴人等

このことはネット検索してもヒットせず、どうも誰も気がついていないようなので、私が書かせていただく。新元号『令和』は万葉集が出典というのが国の説明であるが、本当は、古事記ではないかということだ。 国が説明している万葉集の部分をまず下に示す。 初春令月、氣淑風和 (訳)初春の令い月にして、空気は美しく風は和やかで わたしゃまた『令和』って言葉自体があるのかと思ったので、この飛び石…

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飛行機の時代になぜ戦艦大和を作ったか

なぜ戦艦大和を作ったのだろうかというのはよく見かける疑問である。 世界最大の戦艦、大和が完成したのは対米開戦とほぼ同時だが、ふたをあけてみれば戦争は飛行機の時代になっていたので、大和は何もできないまま飛行機の攻撃によって沈められてしまった――とそう言われているが、確かに、飛行機の時代(空母の時代)になるってことを、大和を作り始めたときに分からなかったのかと思ってしまう。 この疑問に対…

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クラシック音楽とはつまりソナタ形式である~ソナタ形式論

クラシック音楽でよく聴く『ソナタ形式』という言葉。しかし『ソナタ形式とは何か』ときたら、なかなか難しい。wikipedeiaなどでも、わかりやすく説明されているとはいえず、主題提示部やら展開部やら、主調の属調の第二主題やら、お経めいたことばかりが書き連ねてある。 それでも私は、ソナタ形式にクラシック音楽がクラシック音楽であるところの神髄があると考えている。『ソナタ形式は何か』と問うことは、…

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絵画にタイトルなんか要らん

新作です。またタイトルに困る。しかし、私はどうも自分で思うに 絵画にタイトルなんかいらん と考えているところがあるようです。音楽なんかもいわゆる純粋芸術の音楽なんて、タイトルないですよ。『交響曲第4番変ロ長調』これだけ。『英雄』だの『運命』だのはあとから誰かがつけたものがほとんどで、実際ニックネームという扱いです。そのニックネームも分類やら、話題に上げやすいようにと『便宜上』のために…

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〈日本〉という束縛~日本因数分解論~日本は実はふたつある

 日本はまず因数分解して捉えられなくてはならない ――または日本因数分解論 〈日本〉とは、とどのつまり何なのだろう? 実際、〈日本〉なるものが特別な探求の対象になっていることは、本屋や図書館に「日本人論」という妙なコーナーがあることからも明らかである。しかしそこに並んでいる本の中にも「日本とは何か」という問いに明確な定義的答を出している本はない。たいていの「日本人論」は「日本人はこう行動し…

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真珠郎はどこにいる?~横溝正史『真珠郎』のモデルとなったモボ

私は特に横溝正史ファンなわけではありませんが、『横溝正史読本』という横溝のインタビュー本は大好きで、今でも読み返します。その中で今回読み直して気づいたことがあるので書いておきます。 今回読んで目にとまったのは、横溝さんがやたら青年期の探偵作家仲間である中村進治郎なる人物を「いい男だった」「美少年だった」と連発していることでした。そういえば横溝の作品には美少年が出てくることが多い。代表作の『…

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『邪馬台国』と『やまと』が似てる理由~盗まれた邪馬台国

『やまと』は、日本国の古称だと思っている人が多いが、実は古代人がこの列島の国を『やまと』と呼んでいた証拠は実は何もない。 それは、江戸時代後期の有名な国学者本居宣長が、漢心(からごころ)に染まる前のこの国独自の純粋なものを追及しているときに、『日本』という漢字名(つまりは外国語名)を嫌い、なんとか見つけてきた言葉なのだ。 確かに日本書紀には「日本これをばやまとという、以下これにならえ…

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世界堂絵画大賞展2018に入選させていただきました。

今年初めて出した『世界堂絵画大賞展2018』に入選させていただきました。 題は『旅立ち』 (F30号 油彩)           旅立ち 油彩 72.6×91㎝ 展覧会は東京だったので行けませんでしたが。 風景を見つめている少年、もしくは少女をよく描くことが多い私ですが、今回はひとりだけではなく、珍しくふたり。姉弟らしき子供ふたりを描いてしまいました。なんで今回に限ってふ…

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