ベラスケスの電撃タッチは多忙のために生まれた

ベラスケスの絵には何か親近感を感じる。あのパパパッという流れ跳ねるような筆さばきが私の体質に何かあっている気がするのである。

私は先日のブログでカラヴァッジョが気短な画家ゆえに速描きだったと書いたが、ベラスケスも相当の速描きだったようだ。それはあのスピーディーなタッチを見れば誰しも納得できることであろう。(下図は私の模写したベラスケス作「マルガリータ王女」です)

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      (この絵はヤフオクの私のページで買えます)

しかし、カラヴァッジョとは違い、工房を持ち弟子を抱えていたのに、ベラスケスもまた寡作である。大火で失われたものもあるらしいが全部で120作ほどしかない。

なぜこれほど作品数が少ないか?

ベラスケスはスペイン国王フェリーペ四世に抱えられた完全専属の宮廷画家であったが、王はベラスケスに絵だけを描かせたのではなく、祭典、催しの飾りつけ、演出、果てはそれらの会計係までやらせたからである。ゆえにベラスケスはいつも多忙であった。それについてぼやいている手紙も残っている。

もちろんレオナルド・ダ・ヴィンチをはじめ、王室、貴族に雇われた画家というのは、絵だけでなく、催し物の飾り付けや演出をするのは当時普通のことであった。(正直、一日中絵ばかり描いてたら死ぬ) ベラスケスはそういうタイプの画家の中でも、飛びぬけて器用で優秀な男だったようだ。何でも高いレベルで、『速く』こなせる。王の寵愛を受けたのも当然であった。彼の代表作『ラス・メニナス』における彼の自画像(下図)が、王族の人たちを前にして、いやに尊大なのもむべなるかな。おかげでか精力的な男が発病しやすい痛風にもなっている。

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もしかしたら画技ですらも、その「何でも高いレベルでこなせる」彼の一面に過ぎなかったのかもしれない。あのスピーディーなタッチも、彼が多忙で絵を描く時間がなかったために、できあがったのではなかろうか。しかしそれは決してやっつけ仕事ではない。素晴らしい集中力とむしろ時間のなさゆえに生まれる無心からとで成っている。つまり時間がなかったから速く描いたというのではなく、忙しいことが多すぎるので、絵にのめりこむというより、一歩引いて鳥瞰的にキャンバスと対峙し、その鳥瞰的制作姿勢が、あの瞬間的なパッパッパといった筆さばきになったのではないかと思うのである。つまり時間の不足そのものより、時間の不足ゆえの絵との距離の取り方が決めてとなった。

もっとも多忙といっても年がら年中そうであったわけではなかろう。ときには暇も出来て彼は自分の絵を見直したに違いない。(ベラスケスの絵は少数の例外を除いて門外不出だった。今でもほとんどの作品はプラド美術館に残っている)速く描いたので良くないところが見つかる。だから彼の絵には修正が多い。ベラスケスもまたカラヴァッジョ同様、下絵を描かず、いきなりキャンバスに描いたためもあろう。下絵を描かなかったのもまた多忙のためであろう。そのためか、ベラスケスの絵は構図、特に複数人物を描いた場合の構図にやや難があるように思われる。

また暇なときに彼は、宮廷の小人や道化という下層の人を描いた。それらもまた素晴らしい。王のための華やかな仕事とは正反対のところに、安らぎを見出していたのではなかろうか。

『第三都市 幻想画家:福本晋一ウェブサイト』
http://www7b.biglobe.ne.jp/~fukusin/

















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