エドガー・アラン・ポー 「カラス」(大鴉) を訳してみました

エドガー・ポーの代表作の詩 「カラス(The Raven)」を訳してみました。Ravenはcrowのカラスではなくワタリガラスのことらしいですが、かえって分かりにくくなるのでやはり「カラス」にしました。ポーはこの詩を自己解説した「構成の原理」というエッセイで、カラスが口にする「Nevermore」という言葉のリフレインを効果的に使ったのだと主張していますが、これが従来は「もはやない」とか「またとない」とか訳されてて、ポーが狙ったmoreの語尾のrの巻き舌の余韻とかがないと思ったので、私はここで「ネバーモー」に発音も近い「ないんだもう」という日本語に置き換えてみました。「ねえわもう」ならもっと近いかもしれませんが、さすがに「ねえわもう」と訳したら、ここから先を読んでくれる人は、ねえわもう。あとはかなり思い切った意訳、というより短くしています。なんか現代日本人にはよく分からない形容も多いので。


カラス
         Edgar Poe

とあるうら寂しい夜 忘れ去られた古い奇書
それを読む目も疲れ果て 思わずまどろみかけたとき
ふと扉を叩く音 
「客か」 そう それだけのこと 他にはない

それは燃え尽きた暖炉の薪が
ひとがたに散る師走の夜
書物に悲しみを忘れんと レノアへの悲しみを忘れんと
ただ朝が来るのを願った夜
ああレノア その輝く乙女はもうこの世にはない

赤いカーテンの衣擦れが 私をおののかせ
怖ろしい動悸を沈めんと 私は言葉を繰り返した
「部屋の戸を叩いたのは夜遅くの客
 ただそれだけだ そう 他にはない」

「そこの方」 落ち着きはらい、私は戸に向かって言葉を投げた
「お詫びする 私はまどろみかけていた 
 だからあなたのノックの音がわからなかった」
そう言って扉を開ける そこにあるのは闇ばかり 他にはない

闇を前に私は立ち尽くす いぶかりながら 恐れながら
そして起こりえぬ奇跡をわずかばかりに期待しながら
「レノア?」 このひとことが静寂を破り
「レノア」 こだまが返す こだまばかり 他にはない

おさまらぬ胸騒ぎを抱えたまま 部屋の中へとって返せば
再び聞こえる 先よりもはっきりとコツコツと叩く音
「窓か ならば風 そう 他にはない」

私は鎧戸を開け放った すると鋭い羽ばたきの音
飛び込んできたのは一羽の漆黒のカラス
挨拶もなく 私の部屋を飛び回ると
やがて戸の上の 理性の女神の像の上に降りたった
そして微動だにもしない

しかしこの鳥の妙に神妙な表情は
私を少しなごませた
「お前は何者だ」 私はふざけながらに問う
「名を言え 闇の世界の住人にふさわしいその名を」
カラスが答えた 「ナインダモウ」

驚愕だった あまりのその言葉の明瞭さに
意味を分かって発されたものではなかったのかもしれない
しかし私の問いに答えたようにも思われた
つまり鳥の名前は 「ナインダモウ」

そのひと言ですべてを語り尽くしたようにカラスは黙し
羽根一枚震わせず ただ静かに女神の像の上にうずくまる
「友は皆」 私はつぶやいた 「とうの昔に私の元を去った 
 希望がすでに飛び去ったように
 明日にもなれば こいつもここを去るのだろう」
するとまた鳥は「ナインダモウ」

出るはため息
「その言葉 不幸な飼い主にでも教わったか
 悪運につきまとわれ 破産、破滅した者が口癖とした言葉
 それがすなわち『ないんだもう』」

もれるは苦笑
しかし私は長椅子に身を沈め、この不吉な鳥から目を離せないまま
その言葉の意味を考えだしていた
一体何が もうないのか?

頭を背もたれにあずけ、黙思する
鳥の両目が私の胸の中で燃えさかる
そう! この長椅子のビロードに レノアが身をあずけること
それだ それは ああ ないんだもう!

そのとき天使の香りがあふれ部屋の空気が変わった
「そうだ 私にはこの薬がある」私はつぶやいた
「すべてを忘れさせてくれるこのありがたい薬が
 飲みつくせばレノアのことを忘れられる」
しかしカラスは言った 「ナインダモウ」

「それが言いたかったのか お前は!」私は叫んでいた
「忌々しい奴! 悪魔にそう言えと指図されて来たか!
 ならば訊く! 他にこの悲しみを癒せる薬があるというのか!」
カラスは答えた 「ナインダモウ」

「それしか言えぬのか! 貴様は!
 それとも何でも答えることができるのか!
 ならば言ってみろ! どこかこの世で レノアに会えるか
 また彼女をいだける土地がどこかにあるのか!」
「ナインダモウ」

「よし! これで終わりだ!」
私は躍り上がっていた
「嵐の中を闇の奥へと帰れ!
 その嘴が語ったでまかせの証拠となる羽根一枚残さず!
 さあ飛び去れ お前の帰るべきところへ!」
「ナインダモウ」 

カラスは身じろぎもせず 
白い理性の女神の像の上になおもうずくまる
その両目は魔神のように据わり
ともしびは その影を床に漂よわせる
その影から私が逃れうること それこそは
きっと――ないんだもう

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