鴨居玲論~ダンディズムの孤独

私は、鴨居玲について語るとなると、つい「鴨居のおっさん」と言ってしまう。もちろん地元神戸の画家というのもあるが、鴨居玲が一時期住んでいた家は、私の実家から300mほどしか離れてないところであったし、また墓所は、今、私が住んでいるところから1kmも離れていないところにある。それで特にその絵が嫌いでもないのなら、親しみを感じるなというのが無理というものであろう。

しかし鴨居のおっさんなどと呼ぶと、女性ファンあたりから、お叱りを受けそうである。というのも、それほど、鴨居のおっさん、いや、鴨居玲はダンディーな美丈夫であったからだ。いまだ絵よりもそっちで人気があるんじゃないかってくらい。

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しかし、この鴨居の美丈夫さ、女性に限らず多くの人を惹きつけたという魅力は、彼の芸術の本質に関連している気がする。なぜなら、彼の描く人々はどれも、それとは正反対の、落ちぶれ、酔いつぶれ、毛は抜け落ち、汚いなりとなった愚かそうな化け物じみた人間ばかりだからだ。鴨居は自画像を多く描いた画家だが、自画像もそのようなものが多い。

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鴨居の絵、及び彼の人生、生活態度を見ていると、ひとつの表面的な総括キーワードは「日本人離れ」であると思う。彼の描く怪物的人物はどれも西洋人、特に彼が長く暮らしたスペイン、ラテン系の人々がモデルになっている。そして、鴨居自身、その容貌、体躯とも西洋人的であった。名前もしかり。また神戸を本拠地とし、そこでは西洋式の土足での生活をしていたし、酒も洋酒党。生まれは、本当は金沢であったらしいのだが、両親の故郷である長崎県平戸(言わずと知れたキリシタンの伝統のある場所。鴨居は教会もまたよく描いた)を出生地として語ることが多かった。

かといって、本質的に鴨居が西洋的であったかというと疑問だ。それは絵にも現れていると思う。彼は海外で暮らしているあいだも正月はいつも日本に帰ってきていた。虫歯の集中治療のときも日本に帰っている。結局、最後は神戸に居を構え、そこで1985年、57歳で泥酔の中、自殺している。最後まで日本を捨てることはなかったのだ。

鴨居が神戸を本拠地としたのは、何より母親と姉がそこにいたからではあろう。姉は言わずとしれた、戦後下着革命を起こした下着デザイナーの鴨居羊子である。鴨居が画壇に名をはせるようになったのは40歳も過ぎてのことで、それまでは実業家でもある姉にずいぶん頼っていたことが伺えるのであるが、彼が神戸に戻ってきたのは、何より神戸のエキゾチシズムが彼の好みにあっていたからではなかったか。一時期、神戸以外で暮らそうと考えたときには、函館に下見に行っている。

西洋指向性が極めて強いが、日本は捨てない。鴨居は芦屋の女性とその場所で結婚したが、すぐ夫人とは別居生活に入り、パリで知り合ったロシア人とのハーフの日本女性と死ぬまで同居している。夫人と正式に離婚したのは死のわずか2年前のことであった。これについても「早くけじめをつけたら」という周囲の言葉を長くはぐらかして、なかなか踏ん切りをつけることができなかったらしい。ここらにも彼の日本を捨てきれない性格が表れている気がする。この夫人の名前が和子で、頼っていた姉羊子の本名が洋子であるのも何やら暗示的だ。

なぜ鴨居はこれほど西洋的なありかた、生活を指向したのか。これは月並みなことの延長線上にあろう。早く言えば、単純に彼のダンディズムの所産ではなかったかということである。誤解を恐れず平たくいえば、日本人離れ=西洋的=カッコイイという価値観。日本人離れした美丈夫鴨居玲は、そのステイタスが幼い時から固着してしまっていたのではないか。母親にも溺愛されたらしいし、幼少期の写真など見ても、失礼ながら一緒に写っている姉羊子以上に可愛らしい。おそらく生まれてからずっともててきたのであろう。

しかし、いつもチヤホヤされること、及びそれを受けて、身についてしまうダンディズムというのは、それだけで言いも言われぬ空虚感、孤独感が漂っていはしまいか。果たして孤独でなかったダンディーがどれだけいただろう? 内面が空虚だから、外見的カッコよさが賞賛を生むとなれば、それにしがみつくようになってしまうのが自然の道理というものではないか。

鴨居が日本を捨てることもなかった、夫人となかなか正式に離婚しなかったのも、孤独、というか内面の空虚が露呈することを恐れてのことという面があったと思う。そもそも「カッコイイ西洋」という図式は、あくまで、日本人の立場から見るから成り立つものだ。西洋人になってしまえば、また違う「カッコよさ」を求める必要がある。いちいちそんな手間をかける必要はなく、ならばそこにとどまっていればよい。

しかし、ダンディズムというものは、それを貫きとおすには限界がある。これはダンディー自身が心のどこかで知っているはずだ。ゆえにダンディーは絶望しやすい。ダンディーは誰よりも傷つきやすい。元の木阿弥になる危険性。みずからのダンディズム自体が鬱陶しくなってくることもあろう。彼が酔ってよく暴れたこと、とんでもない暴言を吐くことがあったことと、ここらはつながっている気がする。(もっとも、そのあとでいつも我に帰って謝罪するのであったらしい。また鴨居には、自らのダンディズムに照れているところ、わざと三枚目に振る舞うことも多かったという。一方でここらが彼の人を魅したところだったようだ)

そう、内面の空虚、そしてダンディズムは彼の逃れられぬ桎梏であり、運命であった。しかし、運命になってしまったダンディズムを最後まで守りきるものといったら、あるいはそれが疎ましいものになってきたら、いずれにしてもそれを精算できる方法は死しかない。

彼は、なぜあれほど、落ちぶれた、汚い、暗い、絶望的な、愚かな、それでいてどこかユーモラスな怪人物像を描いてきたか。それは、自分のなりたくない姿でもあり、いずれなる姿でもあり、なりたい姿でもあり、自分の本当の姿でもあり、それゆえに、安心や喜びもある姿であったからではなかったろうか。安心や喜び? ならばそれ自体が、死の姿であったのかもしれない。

鴨居玲は、ダンディズムという運命的桎梏から一時だけでも抜け出したく、あるいはダンディズムの裏にあった自己に内在する本質を生きたくて、画布に向かっていたのではあるまいか。

「鴨居のおっさん」などと呼ぶと、やはり怒られそうだ。

『第三都市 幻想画家:福本晋一ウェブサイト』
http://www7b.biglobe.ne.jp/~fukusin/














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