日本人はなぜきれい好きか

コロナの死者が多い国には共通点がある気がする。それは、いかにも「マスクをしたがらない国」、つまりはオープンで派手、アグレッシブな国なところである。実際、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、ブラジルときたら、世界の覇権を握ったことのある国ばかりだ。ブラジルはサッカーで、かもしれないが。

逆に死者数が少ないのは、奥ゆかしい、大人しい国である。これらは個人レベルでも言える気がする。

もちろん日本は後者で、それも最右翼と言っていいだろう。もちろん台湾、ベトナムのように日本より死者数、感染者数が少ない国はあるのだが、日本の高齢者の多さからすれば、やはり死者の少なさは驚異的と言っていい気がする。

日本人がコロナに対し有利だった習慣に、コロナ前から「マスク文化(?)」があったことが挙げられる。夏でもしてる人が多かった。もっともこれは、病原菌予防というより、醜貌恐怖や対人恐怖のためであったと思う。しかしどちらにせよ日本人の「マスク好き」が、コロナ予防に「偶然に」つながったと考えるのは間違いだ。というのも、日本人の対人恐怖も病原菌恐怖も、日本人のあるひとつの気質の反映だと思うからだ。

つまりどちらも日本人の対外恐怖、閉鎖性の反映だということである。

そもそも日本人の潔癖性、清潔好き(他人の体に触れない。唾が飛んだら相手にかかってなくても謝る。家に靴を脱いで入るetc)自体、「外の恐怖」から身を守りたがる思想の敷衍されたものだと私は考える。

なぜ日本人が「外の恐怖」から身を守りたがるかといえば、唐帝国、モンゴル、欧米など、常に「外の脅威」にさらされてきたからだろう。もちろんこれら世界帝国の脅威にさらされてきたのは日本だけではない。しかし日本はその独特の地勢位置からなんとか独立を保つことができたゆえに「外の脅威」に対する敏感さをずっと維持し続けることになり、実際に外国の脅威がないときまで常に外におびえ、独自の排他的文化、自閉的国民気質までをも形成することとなった。実際に攻撃されるより、攻撃があるのではないかとおびえてるときのほうが恐怖心というものは強く、より妄想の虜となりやすい。

この「外(他人)の脅威」から『常に』身を守るという考えは日本国内においても展開された。日本人が身内だけで固まり、外を排除することは今さら指摘するまでもないことである。鎖国は言わずもがな、縦割り行政や、生え抜き重視の考えなどその典型だ。そして、このような排他的、自閉的な生活行動様式は、赤の他人との交流を難しくするし、ひいては他人とは関わるのは面倒だとなって、対人恐怖の意識を生むことになる。これと対人関係を拒否するためにマスクをすることとどうつながるか。それを考えるのに大して想像力は要らない。

つまりコロナ前の日本人のマスク好きも「外の脅威に対する防御をしたがる」ところから来ているのだ。だから日本には先にマスク文化があってそれが今回のコロナで「偶然」功を奏したという順番で考えるのは間違っている。これは日本人が「外」「他人」を脅威と考え、防御に走りたがるというラインで同じ延長線上にある現象なのである。

しかし何事にも、貸借対照表のように資産があれば、資産を生むために失ったもの、負債というものがある。「外を脅威」とする考えはどこの国でもあるわけだが、日本の場合、それへの対応が度外れになっているときが多い。電車・バスの中でお年寄りに席を譲らないのはその度外れのひとつだろう。見知らぬお年寄りは日本人にとって自己の共同体の一員ではないから、席を譲るという行動がとりにくい。そうさせない見えない気が車内には充満している。これは世界でも悪評高いことである。

外の脅威への対応を強化すればするほど、より自らは安全になるのかもしれないが、やりすぎると失うものも増えてしまう。まず束縛が強くなるのは避けられない。そうなると個人個人が生命として自由な活動精神、発散ができず、欲求不満ばかりがたまり、ひいては陰湿な、歪んだ醜い発散方法を選ぶことにもつながる。

私が最近、とくに醜悪だと思うのは、我慢ばかりしている自分たちの受け身性、非積極性、怠惰さを正当化しようと、「資産」ばかりをやたらほめそやすのみならず、この「資産」と「負債」を生んだシステム自体を正当化、崇拝しようとする傾向が認められる点だ。そっちが真の敵であるかもしれないのに。そして一方では自分たち日本人の失ってしまったものを持ってる他者(外国人)を嘲笑しようとする。最近、マスクを弱者のする物、人間の関係、活動を邪魔するものとして拒否する欧米人をバカ呼ばわりしたり、彼らがきれい好きの日本文化をたたえ真似しようとしたりすることを喜んだりする日本人が散見できる。が、そこには、自国文化を誇るというより、自分がある大切なものを捨て去ったのは間違いではなかったのだと必死に自分に言い聞かせようとする自己欺瞞がないか? 

私はマスクをしないほうが生命活動としては正しいとか、ましてや、自国を賛美するなと言っているのではない。きれい好きなこと、それ自体は間違いなくいいことだ。しかし、過度に強いられた我慢とそれの打破を目指さない自己の怠惰と臆病を正当化するために、「日本スゴイ」といい気になっているのは愚かであり、自分をも裏切ってるところがないか、それが言いたかったのである。

『第三都市 幻想画家:福本晋一ウェブサイト』
http://www7b.biglobe.ne.jp/~fukusin/














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