鴨居玲論~ダンディーの孤独

私は、鴨居玲について語るとなると、つい「鴨居のおっさん」と言ってしまう。もちろん地元神戸の画家というのもあるが、鴨居玲が一時期住んでいた家は、私の実家から300mほどしか離れてないところであったし、また墓所は、今、私が住んでいるところから1kmも離れていないところにある。それで特にその絵が嫌いでもないのなら、親しみを感じるなというのが無理というものであろう。 しかし鴨居のおっさんなどと呼ぶ…

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ミレーの『晩鐘』を模写しました

ミレーの模写は『落穂ひろい』に続いて2作目。前回の『落穂ひろい』は50号の作品を8号に縮尺しての模写でしたが、今回はほぼ同寸模写。しかし、こっちのほうが難しかったです。 ミレー『晩鐘』模写 F15号(53×65.6㎝) 薄暮なので形態の輪郭もぼやけてますし、全体も薄暗い。それになんか『落穂ひろい』よりこっちのほうが描きこんでるような気が……。 しかし今ミレーって人気あるんで…

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レンブラントの『読書するティトゥス』を模写しました

欧米で古典絵画の美術館を巡っていて、同じような絵ばかりにあくびが出始めたとき、突然ハッとさせられる絵に出会う、と、それはたいていレンブラントの絵であると、これは私の経験ですが、同じことを書いている人がどこかにおられました。レンブラントの絵の存在感はすごい。 レンブラントは原画と複製の違いが大きい画家です。もちろん原画のほうがずっといい。レンブラントに比べたら同じオランダの四半世紀後輩のフェ…

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『インスマウスの影』と『アブサロム、アブサロム!』~アメリカの暗部

『フォークナーとラヴクラフト』などというタイトルで一文をしたためるとなると、「頭がおかしいんじゃないか」という声が、特にフォークナー・ファンのほうから聞こえてきそうである。いや、そう言われるのはまだいいほうで、おそらくフォークナーの読者はラヴクラフトなんてなじみがないだろうし、ラヴクラフトの読者のほうはもっとフォークナーなんて知らないだろう。同じ20世紀前半のアメリカの小説家同士とはいえ、かたや…

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『仮面の告白』存在の証としての誕生と死、『豊饒の海』何作も書き続けることの暗喩としての輪廻転生~私の三島由紀夫論

三島由紀夫はなぜあのような異様な死に方をしたのか。それが説明しがたい理由は、そこに通常の人間の感覚では分かりにくいポイントが秘められているからに違いない。そのポイントとは何か? 無論それこそ難問である。しかし、私は最近、学生時代によく読んだ三島由紀夫を読み返していたさい、そのポイントに関係すると思われるある重大な符号に気がついた。まずはそれから述べさせていただこう。 それは彼の晩年のエッセ…

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芸術家に一番必要なものは感性でなく虚無

芸術家に一番必要なものは何か? それは、 欠損の感覚だと思う。『虚無』と言いかえてもいいかもしれない。 多くの人は芸術家に一番必要なものは「豊かな感性」というかもしれない。確かに『感性』は必要だ。しかし『感性』など早い話、誰でも持っているのである。岡本太郎が言ったように、『常識』でそれが覆われてしまっているだけの話で。 また『頭脳』なども芸術家には大して必要はない。小説家のモ…

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ベートーヴェンの「最高傑作」弦楽四重奏曲第14番が表すもの

ベートーヴェンの最晩年の作品、弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調は、ベートーヴェン自身「最高傑作」と言ったという。実際、古参のベートーヴェンファンにはこの曲を「最高傑作」と思っている人は多いようだ。その一方で、「いまだ良さが分からない」というベテランリスナーも多くいるという案外と評価が定まってない印象の作品でもある。 どちらにせよ、この曲は、一般の人には、第1楽章の憂愁と第5楽章の諧謔性が耳を引…

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ジョンソン・ワックス社ビルと仏教建築

フランク・ロイド・ライトの建築が日本建築の形態の影響を受けていることは誰もが知るところである。ロビー邸は平等院鳳凰堂(下図)だし、ユニティ教会のプランは、日光東照宮の本殿と拝殿を『呂』の字型につなぐプランを踏襲している。 この『呂』の字型プランは、落水荘と並んで彼のもっとも有名な建築ジョンソン・ワックス社ビルでも使われている。 そして上図のジョンソン・ワッ…

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レオナルド・ダ・ヴィンチ 本当の自画像

これはあまりに有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの顔ですが、実はこのレオナルドが描いたオッサン、いやデッサンが本当にレオナルドの自画像なのか証拠は何もない。「わしの顔」なんてどこにも書いていないのだ。いかにも偉人の肖像にふさわしいということで自画像と『されている』だけである。 もちろん自画像の可能性もないことはない。しかしレオナルドは67歳で死に、65歳くらいのときにはもう手がまともに…

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ニーチェの発狂、そして永劫回帰の正体

1.ニーチェの病気、発狂の正体 ニーチェは、45歳で発狂し、その後、正気に戻ることなく55歳で没した。少年時代からニーチェの体にはおかしいところがあった。頭痛、眼痛、めまい、吐き気の発作を繰り返して起こしていたのである。26歳で大学の正教授(!)になりながら、35歳で退職を余儀なくされ、以降、孤独な著述活動に専念することになったのも、その発作のゆえであった。 この病気は、少し前までは…

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芥川龍之介『歯車』における『レエン・コオト』の正体

ちょっと芥川龍之介の遺作小説『歯車』を読んでて気がついたことがあるので書き記しておきます。多分、今までどの文学者も指摘してないことだと思うのですが、どうか。 この小説は好きで何度も読んでいる。芥川を自殺に追い込んだいろいろな妄想が描かれている傷ましい短編なのだが、私は、不謹慎なことに、なかば怪奇小説として読んでいる。しかし不謹慎とばかりは言えないかもしれない。なぜなら芥川自身、基本的に事実…

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マグリット 一瞬考えてしまう絵画という弱点

ルネ・マグリットは好きな画家だが、「大好き」かとなると保留したくなるところがある。 マグリットの最高傑作といえば、「光の帝国」で定まった感があるけど、私が一番好きなのは「ピレネーの城」(下図)だ。 確かにマグリットのデペイズマンがもっとも成功しているのは「光の帝国」(下図)かもれしない。しかし私には,「光の帝国」は上品すぎておとなしすぎる気がするのと、もうひとつ手放しに賞賛で…

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ベラスケスの電撃タッチは多忙のために生まれた

ベラスケスの絵には何か親近感を感じる。あのパパパッという流れ跳ねるような筆さばきが私の体質に何かあっている気がするのである。 私は先日のブログでカラヴァッジョが気短な画家ゆえに速描きだったと書いたが、ベラスケスも相当の速描きだったようだ。それはあのスピーディーなタッチを見れば誰しも納得できることであろう。(下図は私の模写したベラスケス作「マルガリータ王女」です) しかし、カラ…

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白井晟一論~再統合を暗示するアクティヴな廃墟

白井晟一論1.再統合を暗示するアクティヴな廃墟 静岡にある白井晟一の最晩年の傑作「芹澤銈介美術館」~別名「石水館」(下図)をして、ある方がブログで『国籍不明の要塞』という表現をしていた。白井の晩年の石の建築に対しまさに言い得て妙である。 白井晩年の荒肌の石で築かれた建築(実際の構造体は鉄筋コンクリートで、石は化粧として張っているのだが)は、フランスのカルカッソンヌのような西洋…

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カルロ・スカルパ論~洋の東西を表すブリオン家墓地

1、建築物設計を超える建築家 私が好きな建築家は、フランク・ロイド・ライト、白井晟一、そしてイタリアのカルロ・スカルパの三人であるが、この三人には共通するところがある。三人とも建築史的には主流とは言えない。特にスカルパは、建築家と呼ぶことさえやや躊躇したくなるところがある。スカルパの作品には建築物らしい建築物がない。建築としての全体像を把握できる作品がきわめて少ない。いや、ないと言ってもい…

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有機的建築とは何か? その機械美との相似

私はフランク・ロイド・ライトの建築が好きだ。なぜかといえば美しい、もっと平たく言えば「かっこいい」からだ。「かっこいい」――なんという子供じみた言葉であろうか。であるが実感なのだから仕方がない。しかしライトの建築は、軍艦、飛行機、あるいは未来的宇宙ステーションの想像図といった男児が喜ぶような「かっこいい」ものを連想させるところがある。案外と『かっこいい』という表現は、ライト自身が自分の建築に名づ…

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岡本太郎 「傷ましき腕」について

1.傷口としての作品 もし私は世界で一点の絵画を選べといわれたら岡本太郎の「傷ましき腕」をあげる。実は岡本さんの絵は「痛ましき腕」を除くとそんなに好きではないのだが。 事実、この「傷ましき腕」一点だけが彼の絵画作品のなかでは異質なのだ。このような写実を基底にした作品はこれだけなのである。しかし生前、岡本さんはアンケートで、自分の絵の一番手にこれをあげているし、事実これが代表作だと思う…

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