〈日本〉という束縛~日本因数分解論~日本は実はふたつある

 日本はまず因数分解して捉えられなくてはならない ――または日本因数分解論

〈日本〉とは、とどのつまり何なのだろう? 実際、〈日本〉なるものが特別な探求の対象になっていることは、本屋や図書館に「日本人論」という妙なコーナーがあることからも明らかである。しかしそこに並んでいる本の中にも「日本とは何か」という問いに明確な定義的答を出している本はない。たいていの「日本人論」は「日本人はこう行動してきた」という事実、あるいは「こう行動するのが日本人である」という「指針らしきもの」を並べているだけである。

もちろん、一個の国を「定義する」とは、おかしな話なのかもしれない。単純に「それは国連に加盟しているユーラシア大陸の東端にある列島の国」であるということで済ますこともできる。しかしわれわれが〈日本〉という言葉を口にするとき、そこには即物的な「国」とは別種のものがあることが感じられないだろうか? 宗教的とも、規律ともいえる何か。

ならば、きわめて単純に考えて、この論じ続けられている〈日本〉なるものとは、アメリカや中国といったいわゆる「国」とは同質の概念ではないことに気づく。

つまり、「日本」はふたつある。単純に「国としての日本」と、「国ではない特殊性を標榜されている日本」と。

いわゆる「日本人論」として論じられ続けている〈日本〉とは、後者の〈日本〉だ。そして、〈日本〉が論じられ続けているのは、日本人自身が、〈日本〉が何であるかを正確に理解していないからに他ならない。「日本人論」の存在は、日本人にとっても、〈日本〉はどこかからやってきたもの、自身にとって生来のものではない異物であることを証明しているのである。

「日本」はふたつある。われわれはこのふたつを単体とみなし、その混合物を〈日本〉と捉えているため、「日本とは何か」と問題定義しても、論じるべき真の対象、つまり「国ではない特殊性を標榜されている日本」なるものを正確に照準に浮かび上がらせることができない。だからまた、簡単に擾乱されてもしまうのである。

だから「〈日本〉とは何か」を考察するにあたって、まずわれわれは〈日本〉が「国である部分」と「国ではない特殊である部分」に分解できるという認識を持たなくてはならない。つまり「日本」は因数分解される必要がある。

この『日本因数分解論』は、〈日本〉――「国ではない特殊性を標榜されている日本」――とは、とどのつまり何なのかという問いに対する私の答案である。混乱しないよう、本稿では「国である日本」という因子は括弧なしの日本国とし、「国でない特殊な日本」という因子としての日本は、〈〉つきの〈日本〉と表現することとしたい。


  〈日本〉なるものの歴史 ――または日本国号論

〈日本〉とは何かを明確にしたいのならば、その問いを発しせしめた特殊的外観がどんなものかを把握する必要があるだろう。その特殊性の全体的一大特徴は「自閉性、排他性」である。なぜなら先にも述べたように日本の特殊性は各国がそれぞれ特殊であるという意味での特殊ではなく、他国と質的に異なるゆえの特殊性であり、それならば、その特殊性とはすなわち世界との分断性、つまり閉鎖性を第一の特色としてあげざるを得ないからである。実際、〈日本〉の歴史は自閉しようと努めてきた歴史であると言ってもいい。だからまず〈日本〉の歴史を追ってみたい。事実、〈日本〉の歴史を追っていくと、その時間進行曲線は、何度も同じ事件を迎えては、自閉を繰り返すという方程式に支配されていることがわかるのである。

〈日本〉の自閉性は、まず動かしようのない物理的事実を基盤としている。すなわち大陸の端にある島国であり、しかも大陸との安定した交通路はひとつしかないという特殊な地理である。そのひとつの交通路とは、朝鮮半島南端から対馬、そして壱岐島を経て博多に至るコースで、これがなぜ安定しているかといえば、次の陸地が水平線上に見えるためだが、管理すべき出入り口がひとつだけということは、閉じこもろうとすれば簡単にできることを意味している。これにより実際に日本国は閉じこもる歴史を続けてきた。

ただし、それは蓋然性であって、必然性ではない。列島は最初から自閉していたわけではない。古代、上記のコースを通じて大陸との往来があったことは、魏志倭人伝その他の中国の史書からも明らかだからだ。それが意志的な「自閉」の特質を示し始めるのは、まさに〈日本〉という国号を持った国が誕生したそのときからであった。

〈日本〉が誕生したのは七世紀の終わりごろということで、ほぼ研究家諸氏の意見は一致しているようだが、その誕生経緯となると謎が多い。大体においては西暦六六三年、朝鮮半島南西部で起こった「唐+新羅連合軍」と、「百済+倭連合軍」による白村江の戦いにおいて、敗北を喫した後者が列島に逃げ込み、興した国だというのが定説になりつつある気もするが、具体的な過程はほとんど分かっていない。「日本書紀」も事実については口を閉ざしている。

それでも、唐帝国の侵略に備えて列島内の団結を高めるという目的が〈日本〉建国の第一にあったという意見はかなり共有されてきているようだ。唐は中国の歴代王朝中、モンゴル人王朝である元を除き、最大の版図を築き上げた大帝国であった。日本国ができた七世紀も終わらんとする当時、博多を中心に朝鮮半島に近い海岸には水城が築かれ、防人と呼ばれる守備兵が唐の侵略に対する防衛隊として置かれたことなど今さら説明するまでもないだろう。

そしてこれがすなわち〈日本〉自閉の第一幕目なのである。このときの体制がほとんど鎖国に近いものなのだ。つまり〈日本〉は、その誕生理由からして、外国への脅威から身を守る自閉的な孤立を目的として生まれたのである。

自閉する一方で〈日本〉は唐にならい、大王(おおきみ)を天皇と呼び変え、史書を編み、律令体制を整え、さらに唐にならった都市を整備し、職工を大陸から招いて奈良に世界一の鋳造大仏まで作る。これら一連の大事業は〈日本〉建国が、唐帝国への向こうを張るものであり、唐帝国への脅威への対抗処置であったことを裏書きするものである。

閉じこもりやすい地形は、内部統一をもしやすいことを意味する。それまで列島には列島を統一している国はなく、倭国と呼ばれた国も列島内の西側の一部を支配している国に過ぎなかった。しかし〈日本〉が建国されると〈日本〉に列島内のすべての国は吸収され、やがて派遣、移封、移動を繰り返して意図的にシャッフルされ、その記憶を失わされていった。列島はすべて〈日本〉に統一される。

つまり、〈日本〉は、単一民族国家として自然発生的に生まれた国ではなく、また最初からそこにあったものでもなく、きわめて人為的に出来た国である。そのもうひとつの傍証は、〈日本〉という国号にある。現在でも〈日本〉の読み方は、「ニッポン」と「ニホン」のふたつがあるが、これは国名として〈日本〉という文字(しかもこれは外国語である)がまずあって、音声のほうがあとからついたためでほぼ間違いないだろう。言語というものは音声が本体であり、文字は音声を音声以外の媒体で表すためにのちに発明されたものにすぎない。にもかかわらず文字の国号が音声より先にあったとなると、国自体が自然発生的でなく、人為的に生まれたものであると考えてよいのではなかろうか。日本書紀には〈日本〉は「やまと」と読むべしと注釈内に書かれてはいるのだが、この読み方は事実的にも読み方的にも強引であったために広まらなかった。「事実的にも」というのは、古代この列島の国を指して「やまと」という音声で呼んでいた証拠がないからである。当時「やまと」は王朝所在地である奈良周辺のことを指していたにすぎなかったのではないか。今では「やまと」は日本の古代名だと思っている人が多いが、これは江戸時代後期の国学者本居宣長が、漢心(つまり外国の精神)に染まっていないこの国の純粋なあり方を追求していたさいに見つけだしてきてアピールした名称にすぎない。その国学からして、鎖国の中にありながらも欧米という対外的な脅威に対し、日本は独自のアイデンティティを持たねばならないという危急性から拡大、発展していったものである。

さらには、〈日本〉という国号自体が、「自閉」を意味している可能性もあるのである。〈日本〉という国号は一般的に、聖徳太子が隋に当てた親書の中で自国を「日出処」と呼んだことに由来すると解釈されているが、正式な語源は日本書紀にも中国のどの史書にも断定されていない。しかしヒントはある。〈日本〉という言葉とほぼ同時期に発生したと考えられている「天皇」という言葉のほうはあきらかに中国の「皇帝」を真似たものである。ならば〈日本〉という国号もまた、中国の模倣として作られたものではなかったかということだ。「中国」は中華思想による国、つまり「世界の中心の国」の意だ。ならば、「日」は「天」を表しているのであって、〈日本〉とは天の下の国、つまり「世界」という意味ではなかったろうか。〈日本〉が全世界ということ。「日」は「天皇」であって「天皇の本にある国」ともとれないこともない。旧唐書、及び新唐書によると、日本の使者は「日の昇る処だから日本と名づけたなどとも言う」などと奥歯に物がはさまったような言い方をしており(同時に日本人がやたら自国を大国だと誇るとも記されている)、中国側に疑念をもたれたと書かれていることからも、〈日本〉という名称は、世界中心思想の本家「中国」のその国号を真似たものであり、同時に当時の東アジアの盟主である中国に対し言い逃れもできるダブルミーニングとして採用された可能性が考えられるのである。

歴史を進めよう。唐帝国へ対抗するためにできた〈日本〉だが、実際には列島への侵略行為はないままに唐は滅んだ。文字通り世界の動乱に影響されぬ平安時代が訪れる。そんな〈日本〉の安穏とした「自閉」を次に脅かしたのは元で、今度は本当に侵略行為があった。しかし元軍は日本軍の集中防御(外敵の侵入場所を一点に絞れるのは防衛側にとって大きな利点なのは言うまでもない)と台風とで壊滅する。

しかし、その次の海外からの脅威は〈日本〉に難題をふたつも与えるかたちで現れた。すなわち、ポルトガルとスペインのキリスト教布教を尖兵とした侵略は、羅針盤の発明、造船技術、航海術の発達により、海のどこからでも入ってくることができたことがひとつ(実際は九州中心だったが)。もうひとつは精神面での侵略である。当時、驚く数の日本人がキリスト教に帰依しているが、いきなり聞かされたイエスの奇跡物語に心服したというのも信じがたいので、これは宣教師がもたらした医療技術に要因があった説に信憑性が感じられる。(中世から近世の西欧においてキリスト教がもたらした最大の人類的恩恵は、修道院の活動による農業牧畜、食料生産と、病院の設立を中心とした医療施設の発展であった)この大量の帰依現象は、日本人に〈日本〉あるいは「日本人」の意識がない場合、あるいは薄い場合、相手が外国人であろうと物理的恩恵を施してくれたならば簡単にそっちへなびいてしまうことを明かしている。(これは第二次大戦で米軍の捕虜になった一部の日本人が、アメリカの豊かな物資による待遇のために進んでアメリカに協力したのと似てるかもしれない)どちらにせよ、当時の日本の権力者たちの目には多くの民衆がキリスト教に染まっていくことは、自分たちの地位を脅かす侵略行為と認識されたはずだ。大名が最初はキリスト教を、武器調達などで利用しようとしながら、天下を握るや追放するに至ったのは当然のことではあった。 

どちらにせよ、戦国時代は、いくらか事件発生の順序違いはあれ、外国を真似て自国を強化し、外国の脅威に対抗した〈日本〉誕生時と同じ展開が繰り返された時代だったのである。鉄砲は言わずもがな、天守閣も西洋の城を模したものであるし、これはあまり指摘されることがないが、江戸時代初期に流行った武士の殉死についてもキリシタンの殉教の影響があるように思われる。つまり死を怖れぬキリシタンの強さを真似た。それまで武士には死んだ主君を追って死ぬという作法はなかったのだから。狭いところに閉じこもって飲食をふるまう侘び寂びの茶道は、西欧の脅威にさらされた時代における、かつての平安鎖国時代への郷愁反動とも考えられるが、これまたキリスト教の聖餐式の影響があった可能性が言われている。(千利休が秀吉に切腹を命じられたのは、鎖国的平和主義者である利休が、秀吉の世界制覇の野望を諌めたからではなかろうか? 朝鮮出兵がなされたのは利休の切腹の翌年であった)

そして〈日本〉誕生時と同じく、対外戦争と自閉が繰り返される。天下統一を果たした豊臣秀吉は、白村江の戦い以来の海外派兵を行う。が、またも敗れ、豊臣家に代わった徳川幕府は鎖国を実行する。

現在の日本人のメンタリティが徳川時代に作られたというのは大方の意見が一致している。それはこの時代の自閉の仕方が、今までより段違いに強力なものとなったためであろう。檀家制度によって全国民は仏教に帰依させられ、完全にキリスト教は排除された。海外渡航も、海外からの帰国も禁止、外国の難破船を助けるのも禁止。他国との交流は幕府が許す中国、朝鮮、オランダの一部だけ。国といえば今でいう地方を指すようになる、閉じられたこの世界ではこの世界だけが世界である。「天下」は元来「世界」という意味だが、それは日本国内だけを指す言葉となる。鎖国を今後も維持するには、地形だけに頼っていてはダメで、新たに制度にも頼らなくてはならなくなったというわけである。

しかし海外ある限り、脅威はふたたび来る。最後の脅威は言うまでもなくアメリカであり、またしてもその国を真似て、その脅威に対抗し、海外派兵戦を行って負けた。ただ今回はそのあと、鎖国状態には入ってないところがこれまでの法則を外しているように見える。いや、やはりしたのである。〈日本〉が大戦後から今に至るまで、なかなか外国を受け入れないでいることはいちいち例を挙げるまでもない。いまだ〈日本〉は鎖国しているのだ。しかし「鎖国と口には出さない鎖国体制」を続けることは、交流相手の外国や、主権を持ったということになっている国民に疑惑、不信が生じさせるのが不可避である。また「鎖国している」と言っても、外に開かれてしまったわけだから、外の世界との混血はじわじわと進行しはじめる。この状況でどうやって鎖国しているのか? 地形、制度の次には、思想を持ち出したのである。こうして誕生したのが実は「日本人論」なのだ。それは、物理的鎖国、制度的鎖国に続き、新たに加わった精神的鎖国とでも言うべき第三の鎖国手段なのであった。


  〈日本〉なるものの定義 ――または「日本人論」論

制度やシステム、習慣などは旧来の排他的なままであるのに、そこに、自由で合理的な思想、考え方が入ってきたら、矛盾が発生しかねない。この矛盾を瞞着するためにあるのが「日本人論」なのだ。そう、ごまかすのだ。なぜなら矛盾を説明できるなどそんな都合のいいものがあるはずがないからだ。だから実際は「日本人論」もまた矛盾だらけ、ほとんど神秘論にならざるを得ない。

「日本人論」が精神的鎖国手段であるなら、「日本人論」とは、そう分類されている書籍だけを指すのではないだろう。あらゆる書籍、新聞、雑誌、ラジオ、テレビからインターネット、情報伝達媒体に常時流されている〈日本〉の特殊性喧伝のすべてのほか、学校、家庭のおしゃべり、街角の雑談で語られ教えられ伝えられているものまでもみな指すと理解すべきだ。徳川時代ならば民衆にとって日本が全世界であるのだから、民に日本人という自己認識もほとんどなく、いちいち「日本人とはこういうものなり」「日本人ならこう行動すべし」などと喧伝する必要もなかった。

いわゆる「日本人論」の本では〈日本〉とは何かとよく問われている。しかし本稿の冒頭でも申し上げたように、その問いに対して現象を統括する定義は与えられることはない。大方の「日本人論」の本は、まず日本の素晴らしいところ、すなわち歴史の古さ、GNPの高さ、犯罪の少なさなど、現時点での日本の世界に比しての有利なところなどをあげて、日本人の自尊心をくすぐるところに始まり(このときに聞きかじりの先進他国の問題点を恣意的に並べ立てることも多い)、日本はこんなに素晴らしい国なのだから日本人である限り、この国に文句を言うのは間違っていると暗に諭し、最後には、こんな素晴らしい国こそが世界の究極の理想なのであり、日本が世界をリードしなければいけない、あるいはこれから世界は日本化していくなどの結論に至るのが常道である。露骨か、婉曲な表現をとるかの違いはあれ――。

この結論が読者をして国民一丸の忠勤に励ませようとの目論みであることは明白である。結局「日本人論」とは、日本人ならこう考え、こう行動すべきだという日本人の行動指針書なのである。このような書籍は個人としての日本人が日本社会と衝突したとき、あるいはそのあり方に疑問を抱いたときに手に取ることを見越して出版されている。それを読むことによって人々は理不尽なこの社会との正面対決を避け、社会に流される人生に納得を見出すのである。

このような「日本人論」の出版は、すでに明治時代から始まっていた。〈日本〉が世界の中心であり、世界の祖でもあり、それゆえに〈日本〉が世界を征服するのが当然であるといった調子のもので(この考え自体は江戸時代後期に平田篤胤や佐藤信淵によって誕生していた)、その荒唐無稽さは対米戦末期に頂点に達した(現在これらをトンデモ本として紹介している本が出版されている)。それらは言うまでもなく、国家総動員のための精神的指南書であったわけだが、大戦後の「日本人論」も大方似たようなものである。どちらも自閉的、独善的。すばらしい〈日本〉こそ、世界の究極の理想であり、〈日本〉は世界のリーダーたらなくてはならないという結論は、秀吉の朝鮮出兵や(秀吉も世界を統一するつもりだった)大東亜共栄圏と同じく一種の世界席巻思想である。国が外に開かれているとき、なお鎖国状態を維持しようとする矛盾は、世界制覇という方向性に解を見出して何の不思議もない。つまり、鎖国と世界制覇は、〈日本〉という一枚のコインの裏表なのだ。

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すなわち、あの特殊であり、謎とされ、論じ続けられている〈日本〉という概念の第一義は、自己完結的状況の実現なのである。対外交流は交流者に流動性を要求する。その流動状態の中にあっても、あくまで自己の完結的状態に固執するなら、その者は特殊、というか奇妙な概念を作らざるをえない。それがすなわちあの不思議とみられているところの〈日本〉なのだ。これが〈日本〉というものの際だった特徴、〈日本〉というものの本質である。

すなわち、〈日本〉とは、自分たちの対外的安全を確保するために、そうあろうと見せかけようとする力が常に働いているところの絶対的な完結体である。これが私の〈日本〉の定義だ。

なぜ「完結体」なのか。それは「完結体」とは外部からの影響を受けない対外的に完全に安全である体であるからだ。この対外的な安全こそ、「ひとつの完結体であろうとする力」の最終的な目標である。この「完結体」の概念が、「国」という概念と強引に結合されているのだ。日本人は対外的なおのれが安全を守るために、「ひとつの完結体」の思想を作り上げ、それを侵してはならない「国」の絶対の精髄であるかのように、あらゆる手段を用いて見せかけてきたのである。そしてその見せかけ自体はかなり成功している。ただでさえ島国で逃げ場所がないのに、さらに精神的に逃げ場所のない「完結体」を目指す世界を構築されては、もはやそう信じるか、信じているように見せかけるしか道がない。

「ひとつの完結体」思想は天皇に象徴され、その維持は、日本の歴代の(天皇ではなく)実質的権力者にとっての慣習となって今日に至っている。(織田信長だけは朝廷を滅ぼし、自ら実質的な頂点に立とうとしたのかもしれないが、それゆえ彼は殺されたのかもしれない)それはあまりに慣習的になったため、もはや誰もその根本にさかのぼって再考しないまでになっている。だから多くの人が、これに何も批判を加えないまま振り回されている。

なお天皇については、中国の皇帝を模倣したと申し上げたが、厳密には中国の天帝を模したものだ。天帝とはつまり神であり、天帝が中国を支配する皇帝を決めるというのが中国人の伝統的統治思考である。つまり現皇帝が統治にふさわしくないと分かると、天帝が現皇帝を追い出し、別の皇帝をつけるのである。歴史をかえりみると、日本の天皇はあきらかに皇帝ではなく、天帝の位置にある。だから天皇は神の子孫、現人神なのであり、ゆえに姓もないし、王朝交代もまたない。たとえ実際には交代していたのだとしても、だ。

「ひとつの完結体」であろうとする力が常に働いている――この定義は、いみじくも因数分解という対応をとらせる必然を逆証明したことにもなった。ちなみに〈日本〉のもうひとつの簡易名称とでもいうべき『和』も元の意味は「声をあわせる」であり、足し算の答えをそう呼ぶように、ひとつのものにまとめるという意味である。

対外的な安全こそ、「ひとつの完結体であろうとする力」の最終的な目標であると申し上げたが、安全、安心、安定というものは多くの人にとって確保しておきたいものであることは論をまたない。〈日本〉の場合、その孤立的な地勢が、有利に働いた。しかし人間と言うのは、必ずしもいつでも安全、安心、安定を求めるものではない。それが負債になるときも、あるいは最大の邪魔ものになるときもある。ともあれ、この点における一番の問題は、本来、安全を求めるためにあった考えが、島国根性などという呑気なレベルをはるかに超えて〈日本〉という「完結体」思想として固定化、絶対化し、本末転倒に独立して動き出していることだ。つまり英国には10しかない島国根性が、日本国には30あるからそうなってるという寡多の話ではなく、質的に別の概念が作られ、それが単独で頭上に君臨させられてしまっているということである。それはいかなるときも、日本人を拘束する。絶対の「完結体」なのだから、それは他の考え方を許さないし、逃げ場もない。また、宗教的に君臨してしまっているので不可侵とされ変えることが極めて難しい。量的に島国根性が行き過ぎてるのであれば、問題が起こったとき、ある線まで引き下がればいい話になるが、単独で君臨している「完結体」思想は、そういうフレキシビリティを持たないのである。ゆえに、それが何よりも最優先されるため大きな過ちをもひきおこすことになる。〈日本〉人が同じ失敗を何度もくりかえすのもここに理由がある。いや、同じ失敗をくりかえすというよりは、同じ観念を守り続けるのが至上命令なので、同じ失敗をくりかえす結果に終わってしまうと表現すべきだろう。われわれはここらでそろそろ本気で〈日本〉を相対化したほうがよい。

「完結体」の思想は暴走しかねない。というか何度かしているし、今も小暴走ならいくらもある。権力者は自分でもそれと知らずに、この観念を自分の保身のために利用しようとすることも多々あったため、(それがまた日本国のためだという論理に簡単にすり替えられてきた)いよいよこの思想は肥大化し、まったく合理的な理屈など通らない世界が生まれてしまった。これは多くの日本人が身をもって体験してることだろう。理屈、正論が通用することはなく、上位者、先輩の恣意で物事は決められ、そしてそれに下位の者は服従しなくてはならない。それは今も、政治の、企業の、学校の、家庭のそこかしこで行われている。この上位者の恣意で物事が決まるという状況を正当化しようと、上位者は〈日本〉なるものに、さらに、神秘的ヴェールやら、尊い聖性を付加し続け、絶対的な宗教のレベルまでに仕立てあげてきた。〈日本〉では上下関係は絶対にして聖なるものなのだ。だから実は日本人は無宗教なのではない。ほとんどが日本教の信者なのである。

日本人は日本教の信者。比喩ではなくそうなのだ。いわゆるちまた言われる〈日本〉の神秘、不思議さの正体は、結局この上位者の「個人の恣意」というものに収斂されると言っても過言ではない。皮肉っぽく言えば、日本ではものごとは上位者個人の胸先三寸で決まるから、他者には理解不能、予測不能、すなわち神秘的なのだ。よく外国人は日本人を理解しがたいといい、また日本人も外国人に「外国人には日本は理解できない」と言うことがあるが、法や理念でなく個人の恣意でものごとが決まるのだから、理解しようにもしようがないのである。もちろん日本人自身もそれに服従しているだけで、理解はできてないわけだが。このことは〈日本〉というものに毒的魅力を付与することにもあずかっている。「好き勝手にできる」全的自由性は、幼児的万能の象徴であり、つまり神的なのであり、それゆえに憧れてしまう、崇拝してしまう、すなわち血眼の立身出世競争や受験競争も激化するというわけだ。いよいよ悪循環となり、「完結体」の思想は根を広げる。

〈日本〉という完結体思想は、鎖国時には日本列島の外周をとり巻いて、その内側を完結体にせんとする。その場合、内にいる構成員には〈日本〉という概念は内側にはないので見えない。反対に国が外に開けているとき、〈日本〉は、構成員間に凝固剤として広がっていき、その接着力で完結体である状態を目指す。言わずもがな、このときは構成員には強烈に〈日本〉が認識される。今はこの時代だ。

もちろんどこの国も、「ひとつの集合体」には違いない。しかし〈日本〉においては、通常の意味での「国」とは違う概念までが発生し、その概念が完璧な完全体を目指す宗教、絶対的概念と化したため、集団的まとまりの求心力の度が過ぎてしまっているのである。ある意味、昔よりそれはエスカレートしている。このことがいろんな面で問題をひき起こしている。そしてその問題こそが、もっともアクチュアルな問題であることは言うまでもない。


  〈日本〉なるものの問題点

最終的な論議の焦点は、この「ひとつの完結体」思想に満たされた状況の中にあって、現在の日本人が幸福であるか否かにある。しかしその答えはもう出ているといっていいだろう。もちろん中には、自由より、多少束縛があっても安全、安定、安心のほうがいいと言う人もいるだろう。しかし、それが問題にならないのは、その人が自分でそう選ぶことができるときだけの話だ。ところが、「ひとつの完結体」思想の宣伝者、信奉者たちは、日本人が幸福であることを勝手に先取りして断言している。この断言は過去の日本、とりわけ江戸時代にも適用されることが多い。確かに「ひとつの完結体」がもっとも理想に近い形をとれたのは江戸時代であろう。が、それを称賛するのはその評価者自身が、「常にひとつの完結体であるところを目指すひとつの力」を是認しているためにしかすぎない。江戸時代でも国内では飢饉、一揆など、常に問題が起こっていた。むしろ過酷な抑圧の時代だったという評価もある。どちらにせよ江戸時代に限らず、実際にどれだけその時代の人々が幸福だったかを明かす証拠は何一つないのだから、ある時代に対する安易な賞賛は恣意的、かつ本末転倒というものであろう。現代日本人を幸福だと決めつけるに至っては噴飯ものでしかない。

そもそも「ひとつの完結体」という理想をある具象(国)に投影したところで、その投影された具象の内部の構成員(国民)までが安定、安全であるかは関係がない。幸福かどうかなど各自の主観的な感情に至ってはもっと関係ない。しかし構成員が、自国の対外的に安全であること自体を喜ぶことはありうるだろう。ならば、本来個々人の幸福に関係ないはずの「この国はひとつの完結体である」という事実(事実ではないのだが)を構成員に受容させたいとしたら、構成員ひとりひとりの「ひとつの完結体」すなわち〈日本〉への帰属意識をひっきりなしに喚起し続けてやればよい。〈日本〉のマスメディアが、場違いな場面であろうとやたらいつでも〈日本〉(あるいは日本人)を強調するのはこのためである。〈日本〉におけるマス・コミュニケーションによる情報伝達とは、第一義に「ひとつの完結体」思想の合格レッテルが貼られなければ、情報として流されないほどのバイアスがかかっている。それはまるで供給が途切れると死に至る潜水遊泳時の酸素みたいに、それでもって常にその場の空気をそれで飽和させていなければならないかのように送り込まれる。「ひとつの完結体」であるという思想はその宣伝の供給が途切れれば、それ自体が瓦解してしまう空中楼閣だからである。

すべてが「ひとつの完結体」でなくてはならないということは、国民ひとりひとりも完結体の一部であることを強制されるということである。それは不可避的に個人の自由を大きく阻害してしまう。いや、それは、個人の生命まで召し上げてしまうものなのである。「ひとつの完結体」思想は、自閉方向に行くにしても、拡大方向に行くにしても、基本的に他者という存在を認めない。自己の「完結体」であることにしか関心がないのだから、不可避的にそうならざるを得ない。これは「完結体」外部の他者はもちろんのこと、日本人に対してもそうである。全面的に「完結体」へ帰属しない限り、その構成員は憎まれ、疎んじられ、ヘタをすれば消される。これについては誰もが先刻承知だろう。日本人が完全主義であり、同時に非合理的であるのも、この「ひとつの完結体」を目指す力が常に働き、精神生活にまで浸透しきってしまっているからである。

社会構造面からも、「日本人論」という精神面からも、日本人は常に束縛を受ける。このようながんじがらめの拘束状況下では、多くの人が、日本国が「ひとつの完結体」であると信じる、あるいはそう信じるしかないらしい、あるいはそのふりだけでもして生きていくしかないらしいと感じ始めて何の不思議もない。そして日本人全員がそう行動しはじめたとき、「ひとつの完結体」であろうとする夢はその実現に近づく。しかし決して達成されることはない。なぜなら、「ひとつの完結体」というものは具象として存在し得ないからであり、裏返して言うと、そのような暫定的な状態でしか達成できないものだからだ。この暫定的な状態の究極のものが戦争である。よく右寄りの政治家が「戦争をしたがっている」と国民に批判されることがあるが、彼らは別に戦争にゲーム的スリルや暴力行使の快楽を夢見ているのではなかろう。望んでいるのは、戦争という状態が生む国の強固な団結であり、「ひとつの完結体」の最高位の実現なのだ。その「最高位」には、個人がそれのために生命を捨てるということが必然の帰結として含まれている。命を賭けられるものこそ絶対の証となるからだ。

人々の自由を阻む「ひとつの完結体」思想。――これだけでも大きな問題なのだが、さらに、これだけ自由を尊重する思想も広まっている現代において、なお権力者がそれに固執し続けるので、今やそれは価値観の混乱と、大嘘と、言動不一致と、新たな種類の悲劇とを生み続けている。

たとえば過剰労働時間、及びそれに伴う過労死の問題である。「なぜ死ぬ前に職場を辞めないのか」という人もいるが、「ひとつの完結体」思想は理の当然として、国そのものだけでなく、その内部における個々の組織も鎖国していることを要求するために、結果、日本人はまだまだ退職、転職という選択をとるのに抵抗感を持っている。(ちなみに日本人が公共の乗り物でお年寄りに席を譲らないのも知らぬ人には鎖国を決め込むためであろう。知り合いの老人なら譲るはずである)また会社をいったん辞めたらその後の別の職場での待遇が不利になっていくという実際、及びその実際以上の風説も蔓延している。そのため職場を辞めずに、過剰労働のまま行き着くところまで行ってしまうのである。過労死者はいわば「ひとつの完結体」思想への殉死者だ。ならば「ひとつの完結体」思想の指導鞭撻者はかつての戦死者のように過労死者を神様扱いするか、せめて特別な遺族年金でも払えばよいのにと思うが、もうひとつのスタンダードがあるためにそこまではできない。むしろ「法的には退職が自由にできるのに勝手に過労で死んだ」で済まされ、過労死者は死に損で終わることのほうが多い。労災認定がおりているといってもまだまだ一部であろう。過労死しそうな状況を管理職上司が放置しているところを鑑みると、まるで過労死は、労働者たちが、存在の全帰属を求める〈日本〉という恐ろしい神の支配する世界において、自分たちの精神的安全を図るために執り行っている現代の人身御供のようにさえ思える。

死まで行かずとも、今の〈日本〉では、企業の労働者に対する職場への全面的帰属要求が強すぎるというのが(やっとのことだが)「ブラック企業」や「社畜」という言葉の流行に見られるように問題になってきている。しかし、ここで気を付けたいのは、日本の企業、特に大企業は労働者をこき使い、できるだけサービス残業をさせて低賃金で生産性をあげようとしているとの意図はあまり感じられないことだ。むしろ労働者に、職場外の世界を与えたくないがため、つまり現代において広まってしまった〈日本〉とバッティングするもう一方のスタンダードに労働者が染まらないようにするために、なんのかんの理屈をつけて労働者を職場に縛りつけているというほうが当たっていると思う。実際、会社には、いなければならないからいるという感じであり、つまりは職場にいるのが至上命令なのだ。そもそも労働者を強制的に職場に縛りつけたところで必ずしも生産性が上がるとは限らないし、また大戦以前は日本国でもホワイトカラーの仕事の拘束時間はむしろ今ほどではなかったのだから、これは、現代において広まってしまったもう一方のスタンダードを遮断するためと考えて間違いないのではなかろうか。先進国の中で飛びぬけて女性管理職、女性議員が少ないのもここらが理由だろう。これほどの帰属(特に時間)を要求されては、生理的に女性にはついて行けないからである。(もちろんついていく必要もないのだが)他の先進国では、労働時間は基本守られているので、女性でも能力が発揮できる。

もう一例。いじめがなぜ中学校に多いかは、それが生理的に大人に変化する時期に合わせて設けられている教育機関であり、それにあわせて集団主義の一律性へ、すなわち「ひとつの完結体」の一員となるよう縛り込む時期だからだ。中学校の制服なるものは、まさに子供たちをひとつの型にはめこむ鋳型である。子供たちはおのれの個を踏みにじる理不尽と暴力と同一の行動、つまりいじめを行うことによって、屈辱と恐怖の緩和、及び理不尽な集団への一体化を進める。どこか変わった個を持っている子がいじめの標的となるのもこれが理由だ。「ひとつの完結体」は理の当然として逃げ場がない。すべてが完結しているということはそれから逃れられる例外はないということだからである。いじめが、理不尽な「力」の受容の教育的一過程であるなら、担任教師がいじめに加担することも理解に苦しむことではない。さらに教育側が口先だけで唱える個性重視がさらなる悪循環を生む。なぜなら個性重視は建前で、本命、あるいは実際にやっていることが個性抑圧なら、そのギャップの大きさに比例して、生徒たちが無意識裡に感じる理不尽さ、不満も大きくならざるを得ないからだ。

このようなダブルスタンダードの弊害はいくつもあげることができるだろう。しかし、問題はダブルスタンダードにあるのではない。ダブルスタンダードを生じさせてしまう古い観念への固執――人々の自由を阻害する〈日本〉なる「絶対のひとつの完結体」への固執にあるのである。新しい観念(新しいといってもワインのようにもともと日本国にはなかったものというわけではないが)のほうを、欧米からの輸入物と考え、そっちを駆逐すべきだと考える人もいるだろうが、それをするなら、また江戸時代のような完全鎖国をするしか方法はない。すでに「日本人論」による精神支配の効果は飽和状態に達していると見るべきである。

ここであらためて、本稿における括弧つきの〈日本〉とは、国、すなわち日本国ではなく、「ひとつの特殊性」として因数分解で摘出されたものであることを強調させてもらいたい。私は生まれた国を批判しているのではない。それにプラスアルファされたもの、それを僭称するものを批判しているのである。


  予想される反駁への回答

問題は〈日本〉への固執。いつまでも閉じられた「ひとつの完結体」であることへの固執。

――というと当然、〈日本〉追従者側からの反駁があるだろう。何より私自身がそれに疑問と不信を持ちながらも、長くそれとつきあってきたから、どういう駁論が出るかは大体予想できる。そこで仮想のディベートを行ってみたい。

第一の反駁として、いささか下品ではあるが、〈日本〉批判に対しておそらくもっとも多く、論にさほど長けてない人でもすぐ口にするだろう次の言葉をあげておこう。

「そんなに日本がいやなら、日本から出て行け。外国で暮らせ」

彼こそ日本国と〈日本〉を混淆している最右翼者である。むしろこの列島、あるいは日本国から出ていなければいけないのは〈日本〉のほうであり、彼のほうかもしれないのである。そもそも国を本当に愛することとは、その土地に留まり、そこを良くするために戦うことではなかろうか? 

次にこれまた攘夷的なよく耳にする主張、もう少し論理的であるところの反駁。

「このアングロサクソンが支配する世界で、日本が生き残っていくためには、日本人が一丸団結する思想と体制が必要なのではないのか」

これはかつて私も思っていたことである。しかし今では〈日本〉の対外大国恐怖症と、「ひとつの完結体」至上主義による過剰反応だと考えている。そもそも生き残りを目指すのは結構だが、なぜそれが「国」単位なのだろうか。個人単位、家族血族単位では駄目なのか。それはもはや言わずもがな、〈日本〉だけが日本人にとって「全世界」であり、それを絶対の一単位とする「ひとつの完結体」思想の力が存在するからである。これは対峙相手の捉え方についても然りである。つまりアングロサクソンが世界を支配していると彼らが言うとき、そのアングロサクソンという概念もまたひとつの絶対的単位として使われているということだ。アングロサクソン族にしてもいろんな人間がおり、決して一枚岩ではない。それを一枚岩、つまりひとつの国やひとつの民族と捉えた前提でものを言うのは、まずこちらに、国単位で何事も話を収斂させて考える性癖があるためである。〈日本〉では「ひとつの完結体」思想のために、展開される世界観内の主体の単位が常に『国』になってしまうのだ。仮にアングロサクソンが自分たち優位に世界を切り盛りしているのだとしても、彼らのやり方を真似してきたかぎり、同じ穴のムジナ、ミイラ取りがミイラのそしりは免れまい。むしろ彼らが言う「世界を支配している民族」という概念は「ひとつの完結体」の一個の理想の姿なのだ。

このようなガチガチの「ひとつの完結体」思想の信奉者よりも、それへの懐疑を持っている人のほうが、大局が見えていてそれゆえに論理的でありうるだけに、有意義であり手ごわい疑問を提出してくるだろう。まずおだやかなこういう意見もあるであろう。

「長所もなく問題ばかりであれば、とうに〈日本〉は崩壊していたはずだ。〈日本〉がもたらしている恩恵もある、それについても言及しないのは片手落ちだ」

しかし今、長所は関係ないのである。わけを言おう。現在の日本国の良いところとして一番に挙げられるのは、生活がかなりにおいて保証されているということであろう。治安のよさ、礼儀正しさ、勤勉さもここに包含しうる。しかしこの長所と〈日本〉の問題点は因果関係にない。なぜなら「保証された生活」を確立するためにたとえば過労死もサービス残業もイジメもやむを得ずあるという力学は認められないからだ。ならば過労死やイジメの問題を、いや〈日本〉の問題を考えるにあたって「保証された生活」は関係ないのであり、「保証された生活」と〈日本〉の問題点とを同時に天秤に乗せること、すなわち、「保障された生活」を維持するために〈日本〉の問題は看過すべしという結論も、〈日本〉の問題をなくすために「保証された生活」はあきらめるべしという結論も、ともに見当はずれであることが分かる。〈日本〉の問題は、「保証された生活」とは別の事柄が発生させたものだ。しかし「保証された生活」が〈日本〉とまったく無関係なわけではない。「保証された生活」は、それが反乱、暴動を抑制しているところに〈日本〉の問題点との関係があるように思われる。保証しすぎて国民に余裕を持たせてもならないと考えられてもいるからだ。余裕は積極的な自治精神を育むかもしれない。だから貧しくせわしないが、生活は保証されているという状態が一番都合がよい。かくてあの「豊かな国の貧しい国民」という状態がここに生まれる。むしろこれが「恩恵」と呼ぶべきものかという問題のほうが大きかろう。

次にこういう方がおられるかもしれない。

「「ひとつの完結体」の思想を実現せんとして誕生させられたのが日本国であるなら、「ひとつの完結体」思想、すなわち〈日本〉は日本国の生みの親ということになる。ならば最初からそれは一体不可分なのであり、日本国と「一つの完結体」である〈日本〉とは分離不可能なのではないか?」

いや、あるふたつが最初から同時にあったことは、そのふたつが不可分であることを意味していない。すでに述べたように、「完結体」思想の推進者たちは、それを一体のものと見せかける努力を続けてきたが。そもそも「ひとつの完結体」というのは抽象概念だが、それだけにある具象(この場合「国」)に憑依しなければ、実際的な活動は開始しない性質のものである。そして人は実際的な活動があってはじめてその事象を認識するので、認識したときにこの抽象概念と憑依された具象を一体のものとして捉えてしまうにすぎない。

似たような視点としてこういう疑問も出よう。

「〈日本〉という国号自体が、その対外的な「ひとつの完結体」の思想を表すものとして、「日出処」でなく「天皇の本にある国」の意味であるなら、〈日本〉を悪しき思想として駆逐する必要が生じれば、この国は〈日本〉という国号を捨てなければならないことになると思うが、そういうことでいいのか?」

論理的にいえば国号を変えるのが可能なのは言うまでもない。しかし私は国号を変える必要はあまり認めない。すでに世界的に「日出処」が語源だという認識がなされているし、「日本」という字面そのものからは「ひとつの完結体」の思想は感得できないからである。また実際〈日本〉という国号が「全世界」あるいは「天皇の本にある国」の意とのダブルミーニングだったのだとしても、それはそれで、古代の命名者自身が「ひとつの完結体」という思想に縛られていない国のあり方をこの国号に込めていたことにもなるからである。

さらに予想される、より本質的、未来的な駁論がある。

「国としての日本と、「ひとつの完結体」であろうとする特殊な〈日本〉とを分離し、後者を仮に駆逐してしまえば、あとに日本に残るのは、無個性、無機的なものだけではないのか?」

つまり、「ひとつの完結体」思想に、日本文化は多く拠ってきたのであり、「ひとつの完結体」思想は、日本文化の中核、あるいは最上位概念であったのではないかという意見である。しかし世界に誇れる日本文化を点検すれば、「ひとつの完結体」思想から生まれたものは案外と少ないことが分かる。たとえば世界の近代建築に大きな影響を与えた日本建築、特に住宅建築のその特徴は、言うまでもなく観念からではなく気候風土から生まれたものだ。その他、着物にしても、浮世絵にしても、日本料理にしても、昨今のオタク文化にしても、特に「ひとつの完結体」思想の遺伝子は認められない。むしろそれへの反動、逃避場所として生まれたものが多い。先にも挙げた「奈良の大仏」や「天守閣」、さらには「戦艦大和」や「スカイツリー」など巨大主義的なものは「ひとつの完結体」の世界席巻思想面に則して生まれたと言えるかもしれないが、これらは先にも述べたとおり、基本的に外国の真似であり、外国への対抗意識の産物である。各国の文化は、その国の気候風土や地理的条件を通じて現れた人間の普遍的なる必要性と欲求の成果を言うはずだ。「世界一大きい」などは比較での価値であって、文化の真髄の話ではない。

とはいえ、「ひとつの完結体」思想が、善悪、個人の好き嫌いはともかく、ひとつの文化的産物と呼べることは確かであろう。対外的に完全な安全体でありたいという考え自体は、ある意味、普遍の欲求であり、常に外部が存在するゆえに実行しがたいだけであって、条件さえ揃えば誰しもやりそうなことである。〈日本〉の場合にしても、あの出入り口が一箇所しかないという地理的条件がなかったら、そのような考えは実行しなかっただろうし、実行しても失敗したであろう。ということは、「ひとつの完結体」思想もまた、この国の地理的条件が生んだ日本建築などの文化とせいぜい横並びにあるものでしかないということになる。つまり、それはこの国の文化的最上位の概念ではないのだ。これを最上位と目するのは恣意にすぎない。

最後に、もっとも私が答えにくいと考える駁論としてこういうものを考える。

「「ひとつの完結体」の思想を捨てて、日本国内の秩序を保てるのか? それは何か代わりのものを要する集団生活に必須の道徳の根本なのであって、切除してしまえば済む話ではないのではないか。もしそうである場合、あなたはその代替思想を提示できるのか」

日本は(一応表面的には)争いごとの少ない平和な国だが、それは「ひとつの完結体」であろうとする「力」が働いての結果ではないかということである。「そんな事態になったら秩序が保てなくなる」――これは〈日本〉について議論していて私自身よく聞く意見でもある(よっぽど日本人は「安定」「束縛」、ついでに言うと「制服」が好きなのである)。混乱がおきるか、そもそも代替思想などというものが本当に要るのか、今の私にはよく分からない。しかし、混乱が起きるとしたらそれは結局、「ひとつの完結体」信奉者による妨害による部分が大きいと予想する。ならば、それを封殺するのに代替思想は確かに必要なのかもしれない。この日本因数分解論がそのひとつだといえば大言壮語すぎるであろうか?

『第三都市 幻想画家:福本晋一ウェブサイト』
http://www7b.biglobe.ne.jp/~fukusin/












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