クラシック音楽とはつまりソナタ形式である~ソナタ形式論

クラシック音楽でよく聴く『ソナタ形式』という言葉。しかし『ソナタ形式とは何か』ときたら、なかなか難しい。wikipedeiaなどでも、わかりやすく説明されているとはいえず、主題提示部やら展開部やら、主調の属調の第二主題やら、お経めいたことばかりが書き連ねてある。

それでも私は、ソナタ形式にクラシック音楽がクラシック音楽であるところの神髄があると考えている。『ソナタ形式は何か』と問うことは、『クラシック音楽とは何か』を問う事であり、それはクラシック音楽の定義にまでもつながるものだと思う。それを証明するために、『ソナタ形式とはどういうものか?』を明らかにしてみよう。

(ちなみに『ソナタ形式 sonata form』は、いわゆる『ソナタ』とは違う意味である。『ソナタ』はもともとイタリア語の「奏でる」という意味からきており、複数の楽章がセットになったワンセットの組曲を言い、『ソナタ形式』とは、このような『ソナタ』のなか、特に第一楽章で活用される形式をいう。もっとも「歌う」ではなく「奏でる」という語源を持つことから、『ソナタ形式』が、楽器音楽の重鎮的形式であることはすでにここで感得できるかと思う)

一般には、『ソナタ形式』は次のような構造を持ったものと説明されている。

【主題提示部】→【主題展開部】→【主題再現部】

ここでもう頭が痛くなる人、いらだつ人もいるであろう。当然である。それは音楽という実態とは別に学問的に捉えられた概念だからだ。われわれは学問をするために音楽を聴くのではない。いや、これは学術論文にさえなっていない。なぜなら、これは、「たいていのソナタ形式はこういう形をしています」と言っているだけで、肝心要の、「なぜ、(ソナタ形式は)こういう形をしているのか」という必然が説明されてないからだ。いや、らしきものはある。いわく、

『主題提示部では、第一主題が提示されたのち、第一主題の平行調、あるいは属調で第二主題が提示されるが、主題再現部においては、第二主題も第一主題と同じ調となり、第一主題と第二主題の緊張が解消され、曲は主調に統一される。これがソナタ形式の肝である』

この文章が一体何を言わんとしているか分かる人はそう多くはないだろう。

そもそもこの見解は、「ソナタ形式」と呼ばれた音楽が存在したそののち、アドルフ・ベルンハルト・マルクス(1795~1866)というドイツの音楽理論家が言い出した理屈である。もちろん資本論のマルクスとは別人だが、ヘーゲルの弁証法を応用した点では同じである。ちなみにヘーゲルはベートーヴェンと同い年だ。つまりこのマルクスの見解は、ソナタ形式をもっとも縦横に駆使したベートーヴェンが死んで以後の話で、ベートーヴェンやモーツァルトも、第二主題なんて言葉はおろか、ソナタ形式という言葉さえ知らないのである。

上記の説明は、実際のソナタ形式の曲に合致もしていない。再現部で第二主題(とやら)が第一主題と同じ調にならない曲なんてあまたあるし、同じ調になったところで、緊張が解消された、対立が解消されたなどという印象も受けない。そもそも提示部で「緊張」とか「対立」なんてあったのか。むしろ私には再現部でこそいつも「緊張」が増幅されている印象を受ける。それとも私の感性がおかしいのだろうか? 

どちらにせよ、私にはソナタ形式のポイントが第二主題(あるいは二つの主題、あるいは転調)にあるとは思えない。実際、『ソナタ形式』の帝王であったベートーヴェン(このことは誰がもみとめるだろう)などは、第二主題を重視していない。ベートーヴェンの九つの交響曲の第一楽章はすべて『ソナタ形式』だが、第二主題などという大仰な言葉で呼べるほど明確な旋律が出てくるのは第五(運命)の第一楽章くらいで、他はどの部分が第二主題か判然としないのである。そもそも、第二主題が再現部で主調になるのがソナタ形式の肝なら、それは最初からオチが決まっている物語と同じではないか。

今「物語」という言葉を出したが、ソナタ形式がひとつの「物語」だということはいえるであろう。ソナタ形式とは「起承転結」だと説明している人も多く見かける。確かに、展開部という主題の自由展開。そしてその展開部の影響を受けての再現部における変貌した形での主題の劇的な回帰、それはまさに物語的であり、そして「物語」もまたひとつの弁証法だというのであれば、ソナタ形式が弁証法であるという言い方もあながち的外れではないことになろう。しかし、それならばマルクスが言うような第二主題の取り扱い方はその一方法にしかすぎないというべきであり、それそのものを真髄とする論は弱いと言わざるをえない。

曲を物語仕様にしたいのなら、単調に陥らないよう、曲の流れを流動的なものとなし、またその中で変化のついた、つまりメインメロディーとは対比的なメロディー、あるいは転調による変化などがほしくなるのは当然である。この『流動性』というのは、ソナタ形式の印象的特徴のひとつだ。流動的、発展的であれば、メインの主題をもとに、それに反した、あるいはそれから派生した新たなモチーフが自然に次々と現れよう。第二主題は一見、第一主題と対比的であっても、そんな流れの中で半自然的に発生したものというほうが当たっていると私は思う。ゆえに第二主題に重きを置くのはこじつけにしかすぎない。そうではなくて【主題再現部】が【提示部】と違う形で再現されること、それ自体にソナタ形式の肝はあると思うのである。

実際、再現部では、第二主題の転調以前に第一主題自体が変貌していることがほとんどなのだ。いや、それにとどまらず、再現部はさまざまなメタモルフォーゼを見せているものである。提示部で悠々と演奏されていたところが再現部では壊される、あるいは省略される。提示部では控えめだったものが再現部では強調されるなどなど。確かに提示部が再現部として戻ってきたとき、「さっき聴いたところの繰り返しだな」と
感得できる。しかしよく聴くと、それは提示部とは変貌しているものであることをわれわれは知る。それがどのように変貌しているかと言えば、第一主題の性格(調性ではなく)に統一されるということが多いにしても、いろいろなのである。とにかくいえるのは、感性的には「調性の対立が解消された」などという観念的なことでなく、ドラマチックさを増しているということである。つまり、再現部がドラマチックに変貌することによって曲が物語的発展性を得る。これがソナタ形式の肝だと思うのだ。

ここが肝であるから、第二主題とかいうものがないようなソナタ形式もあるし、展開部を欠いたソナタ形式もあるし、既出の主題を展開するわけでもない展開部のソナタ形式もある。また必ずしも第一主題の色調で終わるわけでもないソナタ形式の曲もたくさんある。

もっとも、繰り返すことそのものも、繰り返し部が変化を持たされているということも、音楽では普通のことではある。歌謡曲だって、一番の歌詞と二番の歌詞は違う。一番の歌詞ばかり歌われたら誰だって退屈だろう。二番の歌詞を歌うさい旋律の一部をアドリブで変える歌手もいる。歌詞なしのポップス曲なども繰り返し部で担当楽器を変えたりするのはごく普通である。同じことをそのまま繰り返すのではなく、変貌しているから、それは生命の動感を持つに至るのである。物語だってそのような発展、動いていく生命のあり方の反映ではないか。ソナタ形式はそれを(歌詞なしの)音楽だけでもっとも先鋭化した形で行っているものなのだ。転調だの第二主題だのはそのあとの話、さっきも言ったようにせいぜいその一手段にすぎない。

音楽も、物語も、時間進行であるところは同じである。のみならず器楽音楽は、オペラから独立してできたものだ。当初、器楽音楽は(オペラのときに限らず)BGMか、歌の伴奏にしかすぎなかった。それがオペラの序曲や間奏曲という隙間埋めの音楽から、だんだんと独り立ちしていったのである。その独立の過程にはオペラの面白みである「物語性」を換骨奪胎する動きが必然的にあった。となるなら、大げさな言い方に思われようが、そこには器楽音楽(家)の、BGMや伴奏にしかすぎない屈辱からの脱出という面があったと思われるのである。自ら単独でも物語を、ドラマを、のみならずその他もろもろのものを語れるのだと言う器楽音楽の矜持。そう楽器音楽が覚醒したとき、独立のために使われた手法が、【主題提示部】を繰り返し時に劇的に変更してみせるソナタ形式というものだったと私は考えるのである。いわば、ソナタ形式は、器楽音楽が器楽音楽だけで自立した世界を築き上げるために考えられた手段、器楽音楽が芸術として独立するための武器であったのだ。(もっともソナタ形式そのものも元をたどればオペラのアリアから借りてきた形式らしいが)

縁の下の力持ちだったものが自ら主役となるために動き出す。こう表現すると、ソナタ形式の成立は同時代のある歴史的出来事を連想させるだろう。すなわちフランス革命である。これからは民衆が主役であり、民衆の中から英雄が現れるであろう。先ほども言ったようにソナタ形式をもっともフルに活用したのはベートーヴェンだが、そのベートーヴェンをベートーヴェンたらしめた曲が交響曲第3番の『英雄』であり、それがナポレオンに捧げられようとしたのはまさに象徴的なことであった。

かようにクラシック音楽はその本質として、器楽音楽が軸のものである。だからクラシック音楽のなかでは、言葉の入った音楽、つまり『歌』は二義的、二番手扱いされている。オペラも『クラシック音楽』の範疇に入れられてはいるが、あきらかにオペラは芸術的には交響曲などより格下に見られている。いや、以上のことから言えば、オペラははっきり言うと『クラシック音楽』ではないのである。それは確かに、楽器編成といい、特に物語を語るという意味において『クラシック音楽』の母胎ではあったが、存在の本質として別物である。実際、母胎とは言っても、『クラシック音楽』は「物語を語る音楽」という文脈でオペラから「のれん分け」されたのではない。それはむしろ「アンチテーゼ」であった。実際、『クラシック音楽』の語る「物語」と、オペラの語る「物語」は同種の「物語」ではない。

ところで私は【提示部】と【再現部】の関連ばかり言って、真ん中の【展開部】について語らなかったようなので、それの意義についても言っておかないといけないだろう。(もっとも上記の説明どおり展開部は必須のものではなく、展開部を欠いたソナタ形式も多いのであるが)が、その前にまず、ソナタ形式のもうひとつの特徴として、それが古典主義とロマン主義が併存している形式だということを言わせていただきたい。すなわち【提示部】と【再現部】は、【展開部】をはさんでシンメトリーの関係にある。言わずもがなシンメトリーは静的、調和的
つまり古典主義の形態である。が、主題を自由に変奏する真ん中の展開部は動的、感情的、すなわちロマン主義的である。展開部は、作曲家が形式なるものを度外視して主題を変奏、駆使してみせるところであり、力の方向はエントロピーである。つまりこの【展開部】のロマン主義性、及びそこから導き出された内在的解を触媒として、【再現部】は化学反応を起こして回帰するわけである。いわば、ソナタ形式は古典主義とロマン主義が同居した有機的な様式なのだ。

初期のソナタ形式は古典主義的性格のほうが前面に出ていて、展開部は短く、再現部の変形性もそんなに大きくはなかった。ずばりそういう古典主義性の強いソナタ形式を使っていたハイドン、モーツァルトが『古典派』と呼ばれていることは誰でも知っていよう。そこに現れたのがベートーヴェンである。彼は「古典派からロマン派への橋渡しをした」と言われる。つまりはソナタ形式においても、そのロマン主義面を強く打ち出したのである。最初に行われたのは【展開部】の長大化、ならびに『第二の展開部』と言っていいほどのコーダ(再現部のあとの締めの部分)のクライマックス化であった。これは交響曲第3番『英雄』の第一楽章で実現されている。同時に第二楽章では、展開部からは大幅に変奏された再現部というものも試みられている。そして次に行われたのが、展開部から再現部への劇的な流れこみであり、展開部と再現部の連続性を強め、再現部冒頭は提示部の冒頭と大きく演奏の仕方を変えるという大胆な改革であった。この改革は交響曲第4番の第一楽章にすでにその萌芽が見られるが、完成されたのはその次の第5番、すなわち『運命』の第一楽章であろう。またベートーヴェンは『運命』で、変奏曲形式(第二楽章)や三部形式(第三楽章)といった他の形式にも、ソナタ形式の変形された劇的再現方法を取り入れ応用している。(第三楽章は反・劇的に回帰するのであるが)

のみならず彼は『運命』で、全四楽章をひとつの「ドラマ」とするにまで至っている。第3楽章から最終第4楽章への途切れない流れ込みは、上記の展開部から再現部への劇的な流れ込みを敷衍したものであるかのようである。『田園』となると楽章すべてに言葉の説明書きを付加えた。このことは、複数楽章制(つまりソナタ)もまた、楽器音楽のドラマ化指向を内包したものだったことを明かしている。冒頭に説明したようにもともとソナタ形式という言葉自体が、ソナタ、つまり複数楽章を持った楽器音楽のワンセットから生じたものだが、ソナタ自体、速い曲とゆっくりした曲の2楽章制から、次にはやはりシンメトリーを目指して、【速い・ゆっくり・速い】の三楽章制に発展し、ひとつの統一セットをもくろんでいったものだったのである。(オペラの序曲も18世紀までは3楽章のものが多かった)最初に「ソナタ」と「ソナタ形式」は違うものだと申し上げたが、この意味では「ソナタ」もまた「ソナタ形式」のひとつであると言えよう。

のみならずベートーヴェンは、ソナタ形式を究めたのち、ソナタ形式の否定まで自分ですでにやってしまっている。それが第九の最終楽章の合唱だ。先ほど、クラシック音楽の軸は声楽ではなく器楽音楽だと申し上げたが、ベートーヴェンが第九の最終楽章に声楽を入れたのは、まさに「もうこれで僕の交響曲は全部おしまいです」という宣言をするためだったのではないか。そうでないなら、なぜ第九の声楽は「こんな音ではなく、もっと気持ちいい音楽に声をあわせよう」というセリフで入ってくるのか? それはソナタ形式、すなわち「ムツカシイ音楽」の否定ではなかったか? 最後は歌に、つまりは楽しい純粋の音楽に、どんちゃんのお祭り音楽に帰っていったということだったのではないか。実際、第九の合唱部分はソナタ形式らしきところ、つまり主題が変形して再現されたと見れる部分はあるが(後半の合唱で二重フーガになる部分)、従来のソナタ形式からは完全に逸脱してるし、クラシック音楽がそのオーラを放っているところの「難しい音楽」ではない。(もっとも言葉が入ってきて歌になると、その歌詞がむずかしいものならともかく、音楽としては難しくなりようがない。演奏の難しさは別の話として)その反面、第九の最初の三つの器楽音楽のみの楽章は、やたら理屈っぽい曲になっている。ベートーヴェンは第九のあとに第十交響曲も計画していたが、そのときは、第九の合唱の最終楽章を第十交響曲の最後に回して、第九の最終楽章は器楽だけのものに置き換えるつもりであったという。これは、第九の合唱楽章はとにかく自分の最後の交響曲の最終楽章に置くと考えていたからだと考えれば納得がいくではないか。

第九が言葉を導入することによる「難しい音楽」の否定であったのなら、ベートーヴェンは、いったん、第九の直前の交響曲ですでに難しい音楽、つまりソナタ形式を究めていたと考えたくなろう。私は実際にそうだったのだと思う。すなわち第八交響曲、その最終楽章は、ベートーヴェン自身意識していたソナタ形式の到達点だったと私は思う。第七交響曲に比べて同日演奏された第八は人気がなかったというが、ベートーヴェン自身は人々が第八を理解しないのは第八が優れすぎているからだと言ったという。さもありなん。第八の最終楽章では、ソナタ形式は二度にわたる再現部の変貌などロンド形式との複合性など、ソナタ形式の形式的可能性を究めている。第八と第九の完成には10年の差があるが、そのあいだ彼は病気もあったがほとんど作曲行為をしていない。やはり第八でいったんソナタ形式の究極に行きついて、自分の仕事にひとつのピリオドを打ったということではなかったろうか。

ソナタ形式の究極までの追求。非音楽的なノイズ表現。ポリフォニズムとでもいうべき反・主旋律主導主義の非ヒエラルキー的表現。これらベートーヴェンがやったことはトータルでいうとどういえるか? 私は「音楽の言語化」なのだと思う。

このようなことをベートーヴェンが行いえたのは、彼が運命的に器楽音楽の人であったからであると私は考える。この説はまだ完全に証明も受容もされてないが、ベートーヴェンの難聴は、どうも楽器の音は聴こえていて、人の声が聞こえにくいものであるものだった研究があるのである。(私はこの説が正しいと思っている) だから人付き合いが好きだった人なのに、人付き合いができなくなった。プライドの高い彼は難聴であることを人に言えなかったのだ。声を、言葉を失った音楽家。――だから器楽音楽の人とならざるを得なかった。当時の華である演奏家ではなく裏方であった作曲(と楽譜出版)という行為に専念し、そこに自分の存在意義をぶつけざるを得なかった。知的構成力を駆使して、一作一作を完璧なものに仕上げ、『黙って集中して耳を傾けさせる音楽』というものを作り上げざるを得なかった。音楽を言語化せざるをえなかった。俺の話を黙って聞いてくれ! 実際、演奏会でおしゃべりが禁止になったのはベートーヴェンの音楽が広まっていくのと同時なのであった。彼が自分の曲にアドリブを入れられるのを非常に嫌い、全部楽譜通りにやらなければ許さなかったのも同じ理由であろう。実際、細かい指示をやたら増やし、そういうふうに曲を作っている

すでにフランス革命の話は出したが、このような新しい音楽芸術は時代が求めていたものでもあった。革命家とは、自身の問題と、社会の問題が合致したときに生まれるものだ。器楽音楽=ソナタ形式が、オペラの本場でもあり、旧教カトリックのおひざ元でもあるイタリアではなく、ドイツ語圏で発展し、フランス、イギリスに受け入れられていったのは、この新しい『芸術的』な器楽音楽が貴族社会から脱出し、自立した知的主体である市民の社会という新たな時代とシンクロしていたものだったからだ。

音楽評論家の石井宏氏によれば、いわゆる『音楽史』とは『ドイツ音楽史』だということだが、便乗させていただければ、さらに言うとそれは『ベートーヴェン型音楽の歴史』、『ベートーヴェン史』とでも言っていいものであった。はっきり言えば、いわゆる音楽史はベートーヴェンを中心に構成されているのである。それならば、ベートーヴェンが『音楽史』上最大の作曲家であり、彼ほどの作曲家は今後も出ないであろうと言われるのも当然のこと、同義反復というものであろう。そしてベートーヴェンが全部やれることはやってしまったので、その後はしばらくべートーヴェンの模倣だけが続き、そこにあるのは作曲家あるいはその音楽自体の個別的魅力だけといった時代が続いた。(それはそれでちゃんと音楽として魅力あるものではあるので、別にけなすことでもないのだが)、そこに現れた革命家がワーグナーで、彼はべートーヴェンの生んだこの巨大な精神性を、原点であるオペラに還元しようとした。彼自身が「楽劇」と名付けたそのジャンルは、ヨーロッパ中に熱狂的なファンを生んだ。が、そこに、あくまでベートーヴェンの精神はベートーヴェンが精魂を傾けた形式である交響曲に受け継がれるべきだと考える反動が起こった。この筆頭がブラームスである。実際、ブラームスが第一番の交響曲に本格的に取り組み始めたのは、ワーグナーの畢生の大作「ニーベルングの指環」の第一部と第二部が先行上演された年からで、「ニーベルングの指環」の全4部初演とブラームスの第一交響曲の初演は奇しくも同年となっている。その翌年にブラームスは、20年かけた第一交響曲とは対照的に、あっという間に第二交響曲を完成させ、ここにワーグナー対ブラームスという構図が生まれた。(本人らよりファンが対立的であったという)そしてまたブラームスの第三交響曲ができたのは、ワーグナーの続く(そして最後の)楽劇「パルジファル」の初演の翌年であり、ブラームスの第四交響曲の完成はさらにその2年後のこと、すなわちワーグナーの死んだ2年後のことであった。ワーグナーの死後、ブラームスは12年生きたが、ついに続く交響曲を書くことがなかったのは、ライバルというか創造の触媒であるワーグナーが死んでしまったからのように私には思える。またもし「ニーベルングの指環」の四部構成が交響曲の4楽章制を踏襲したものであるなら、ブラームスの四つの交響曲もそれに対抗というかお付き合いしてそうしたようにも感じられる。(ちなみにワーグナーを崇拝したニーチェも「ニーベルングの指環」第一部、第二部の先行上演の直後に処女著作「悲劇の誕生」を書き、ワーグナーが死んだ年から2年の間に主著「ツァラトゥストラ」を書いている。そして「ツァラトゥストラ」もまた四部構成である)ブラームスの功績は大きく、フランク、ブルックナー、チャイコフスキー、ドボルザーク、マーラー、シベリウスが優れた交響曲を書いたのは、ブラームスが交響曲を書いてから以降のことである。ブルックナー、チャイコフスキー、ドボルザークはすでに交響曲を書いてはいたが名曲となると、ブラームスが交響曲を書いてから以降なのである。ワーグナーは今でも熱狂的なファンが多いらしいが(私は実物に会ったことはないが)、『クラシック音楽』としてはブラームスのほうが正統であった。もっともその作り手も20世紀初頭には絶滅し、まさにそれは「古典(クラシック)」になってしまったわけだが。

以上のようであるから、いわゆる『クラシック音楽』の神髄が、器楽音楽の独立手法であるソナタ形式にあると言っても言い過ぎではないと私は思うのである。クラシック音楽は器楽音楽をドラマ化したもの、言語化したもの、いわば器楽音楽であらゆることを表現しようとしたものであり、それの最大の武装論理が『ソナタ形式』だったのである。

しかしこういった器楽音楽至上主義は、音楽全般からいえば、むしろ特殊解であるといえよう。当たり前のことだが、クラシック音楽も音楽には違いない。(ここは勘違いされそうなので強調しておきたい。上記のことにしても私はブラームスの音楽がワーグナーのそれより優れていると言っているのではない)モーツァルトの40番交響曲の冒頭旋律はクラシック音楽ファンならずとも魅了されるだろうし、ベートーヴェンの第五交響曲の迫力には多くの人が圧倒されるだろう。それはそれらが持つ音楽的素晴らしさだ。しかし、音楽以外のものが付け足されたために、クラシック音楽はクラシック音楽となったのである。そしてその付加されたものとは感覚的というよりは頭脳的、知的なものであった。クラシック音楽は音楽のジャンルのひとつというより、それ自体、特殊な音楽なのである。

だからそれはときおり、クラシック音楽以外の音楽と対立する現象を生むことにもなる。クラシック音楽ファンが特権意識を持っているのも、またポピュラー音楽をバカにすることがあるのも、またそれの反動か妙に、軽妙な語り口でクラシック音楽を語ることが多いことも、対してポピュラー音楽ファンが、クラシック音楽を「頭でっかち」「権威主義的」と揶揄するのもすべてここに理由があると私は思う。

Sonata form is the essence of classical music.
Because Sonata form is a method for dramatization of music.

『第三都市 幻想画家:福本晋一ウェブサイト』
http://www7b.biglobe.ne.jp/~fukusin/












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