個性の出し方、スタイルの作り方

最近つくづく思うのは、当たり前のことかもしれませんが、「今の自分以上の作品は描けない」ということです。エンターテインメントの作品なら別かもしれませんが。

「今の自分」というのは、今の自分の「状況、環境、感情、こだわり、才能、体力などなど」すべてを含んだものです。

私は、絵を実際に描くまでは、もっとドロドロした人間の根源的情念みたいなすさまじいものを描きたいというか、描くべきだというか、描くだろうというか、そういうイメージを漠然と持っていたんですが(いかにも芸術みたいな!)、実際、描いてるものはそれと全然違うものになっています。まあ、良くも悪くも、これが私、今の私ということなんでしょう。今の自分以上のものも描けないし、今の自分「以外」のものも描けない。

つまり、個性やスタイルというのは、人格においてのそれと同じく、作品作りにおいても自然と出てくるものなのだと思います。無理に作っても偽物だ。まあ本物であっても、どれだけ他者、つまり社会的、あるいは美術史、美術界的に強力な力を持っているかとなるとまた別の話ですが。

地平線.jpg
地平線 油彩 33.3×45.5㎝


だから、作品づくりにおいて自分の個性、スタイルの出し方というものがあるとしたら、結局、自然に生きることしかないのだと思います。早い話が、自分のやりたいことをやりたいようにやる。これだけ。もっともこれが一番むずかしいのかもしれませんが。しかし、私も、生きたいように生きるってことをしてから、描けるようになった気がします。具体的に言うと、会社をやめてひとりでやっていくという生き方をしたときからです。会社にいるときは全然描けなかったし、描こうとする気さえなかった。

もっとも先も言いましたように、そうやって描けた作品が他の方々にどれだけ働きかけれるものになってるかとなると心もとなく、きっと大したことはないのでしょう。しかし問題はそこにあるのではなく、自分の納得のいくものができているか、それに挑戦しているかどうかにあると思います。この問題を入れ替えてはいけない。作品の社会への働きかけや、ましてやそれによる名声、収入なんて、それの結果だけの別次元の話で、自分ではどうすることもできないのですから、考えても、エネルギー使ってもしょうがないと思います。夢見るのは自由ですが。

とにかく自分が納得いくものを描く。これはさっきの話に還元すれば、自分がどれだけ納得のいく生き方ができているか、やりたい生き方をできているかという話でもあるかと思います。小手先や頭で、個性やスタイルを打ち出そうとしても、自分で心底納得いくかも疑問ですし、徒労に終わる気がします。

『第三都市 幻想画家:福本晋一ウェブサイト』
http://www7b.biglobe.ne.jp/~fukusin/














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